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森の中を、ひたすらに歩いてゆく。裸足で、雨に濡れた土を踏みながら私は考えた。
————あなたを恋してくれる人を、探すのです。
要は、ボーイフレンドを連れてこいということだろう。
より深く考えようとすればするほど、緑の匂いが濃く、鮮やかにたちのぼっているのに鼻を刺激され集中を乱された。どこかからか鳥の声が聞こえてきて、のどかな笛の音楽が耳元で奏でられ始めたように感じる。私はせめてもの思いで目を瞑った。
(……大丈夫。儀式の条件がそれなら、心配はいらない。…ハズだよね。)
私には、“私を恋してくれる”相手に心当たりがあった。と言っても、村の青年ではない。
————さくらんぼみたいな青年。
彼は、夜にしか現れない。何を隠そう、私は布団に潜って見る夢の中で会った青年だった。まるで影みたいな、不思議な人。
(……間違いなく、彼は、私に恋をしていた。)
理由はわからない。けれど、明らかにそうだった。夢の中で、青年は私に夢中だった。
とても優しく誠実で、ちょっとヘンな人。隠そうとしていたけれど、バレバレなくらい私のことが好きだった。
(私は彼を探して、五年後に故郷へ連れて帰ればいい。それで私は、大人になれる。)
濃緑の木々が、さわさわと風に揺れている。
ここは鏡の森の中。銀の霧に包まれて、どこまでも果てが見えない。
そういえば、と私は何気なく思う。
(……どこにあの青年がいるのか、わからないじゃないか。)
……と、その瞬間。
私は、ふいに立ち止まった。
稲妻に打たれたような衝撃とともにハッと目を見開く。まだまだ森に入っていくらも経っていない。儀式は序盤もいいところ。
しかし私は早くも、この儀式の要に気付いてしまったような気がしたのだ。
“あなたを恋してくれる人を探しなさい”
これは筋が通っているようで、どこか矛盾している命令だ。
恋というものは、一方通行の気持ち。
それが二人の間の共通になって、初めてそれは愛となる。
それなのに……一人だけで成り立つはずの恋をテーマにしておきながら、この儀式はなぜ二人で帰ってくることを要求するのだろう?
答えはシンプルだ。
“私も、彼を想わなければならない。”
そうしなければ、私が彼を見つけることも叶わない。永遠にこの森の中を、彷徨うのみ。
探すというのなら、それだけの誠実を見せなければならない。
————ならば、話は簡単だった。
私は、すっと息を吸って、心の中で念じた。
(……あなたに、会いたい。今どこにいるか、教えてください。)
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