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目を閉じていても、するすると目の前の景色が変化していくのがわかった。
濃緑の木々、雨に濡れたようにむっと香る草いきれが退いていく。
まるで絵の具を水で洗い流したように、とっぱらわれた森の景色。その下から、まるきり別の景色が顔をのぞかせているのだった。
私が目を開けると、赤と桃と紫の入り混じったコンクリートだらけの場所がそこにはあった。
『赤いさくらんぼの海みたいな街』
相変わらず辺りは一面霧に包まれている。しかしその色が銀色ではなくて、うっすら桃色がかっているのが不思議に幻想的だった。
(そうだ、ここだ。)と私は思った。
見覚えがある。
私と彼は、ここで出会ったのだった。———夢の中で。
「———やあ。」
くるりと振り返ると、彼だった。
頬を赤く染めて、とても誠実な羊の子供のように大人しく、はにかみながら手を挙げていた。
私は喜んで、「こんにちは。」と返事をした。そして少し考えて、「久しぶりですね。」と付け足した。
彼は嬉しそうに笑った。
「ええ。俺たち、夢の中で会ったのが最後ですからね。」
「それにしても私の呼びかけ、唐突だったのに応えてくれてありがとうございました。」
「いえいえ。それくらいは。」
青年は、紅紫の民族衣装を着ていた。
いつか見た夢でもそうだった。こんな赤と桃と紫の街で、霧に溶けて砂糖漬けみたいに消滅しそうになっていた。そんな彼を、私は危機一髪のところで助けてあげたのだ。
水鉄砲を吹きかけて、それで意識を目覚めさせてやった。
それが、私が覚えている最初の出会い。
仕掛け人が誰かはバレていないはずだから、彼が私に好意を持っているのはそれが理由ではないことは確かだ。
とにかく私は夢の中で、そうして他にも人助けをして回っていた。彼は特別ではなかったし、これからもずっとそうではないだろうと思っていた。
……人生、わからないものだ。
私は、朗らかに彼に笑いかけた。
「何か食べませんか?」
「ああ。お腹、空いちゃってますか?実は俺のほうもずっとぐうぐう鳴ってたんですよね。」
「おや、それはいけない。」
私は、すぐ近くに鍋が埋まった焚き火スポットがあるのを知っていた。
とりあえず、五年間は自給自足で生き残らなければならない。私は少し考えて、青年と一緒に食べられるものを集めようと思い至った。
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