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白い着物の大人たちが、私を出迎えた。
後ろを振り返れば———巨大な鏡。大きな円形の銀の鏡が、土の上にドデンと鎮座している。
「……あれ。」
私がくぐってきたのは、銀の滝ではなかったのだ。森の出口を塞いでいたのは、一枚の『鏡』。ああ、だからここは鏡の森と呼ばれているのかと、私はどこかぼんやりとした脳みそを働かせて考えた。
それにしても———
青ざめる私を、大人たちは黙って見つめていた。
(………“彼”はどこ?)
さっきまで一緒に並んで歩いていたはずの、“彼“の姿がどこにもない。
一番肝心な彼が、影も形もなく消えてしまった。
……おかしい、と思う。こんなのってない。絶対にあり得ない。だって、だって……
———手を繋いでいる温もりもまだ感じるのに。
ハッとして、私は手を見る。
桃色の霧のように、薄ぼんやりとした繋がりがまだ残っている。
……どうして。
じわりと、涙が私の目に滲み出した。
「鈴鹿さま。おめでとうございます。」
「………。」
「無事に、あなたを恋する人を連れて帰りましたね。」
私は、ゆっくりと涙を拭った。
何もかもが、わからなかった。
「……彼、一緒に来るって約束したのに。鏡の向こうから、こっちに渡って来れなかったんだ。」
「当たり前でございます。」
「どうしてですか。」
「おや。鈴鹿さまは、まだ“彼”の正体に気づいておられないのですか?」
……どういうことだろう?
私は、初めて私に語りかけていた大人の顔を見上げた。
訝しげに眉をひそめる私は、次第に大人の仮面の奥の目が見つめているものを辿り出した。
私はゆっくりと、視線を動かしていく。
まずは、私の手。残っているのは、桃色の霧の繋がり。そしてそれが伸びている先は———大きな鏡。
「———え、私?」
ニコリ、と。鏡の向こう側で“私”が微笑んだ。そんな気配がした。
私は呆然と立ち尽くした。
隣で寄り添う大人が、静かに頷いた。
「ええ。その通りでございますよ。」
「……私に恋してくれた、唯一の人が……私…?」
そんなバカな、と私は思った。
それだったら、この世で私を好いてくれる人なんて一人もいないことになってしまう。こんなに寂しくて孤独なことって、あるのだろうか。
……好いてくれる人が、一人もいない?
……ほんとうに?
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