おしぼりをどうぞ

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「もちろん、嫌なら……」 「嫌な訳ないでしょ。むしろ光栄よ」 菫は私の肩に手を置いて、触れるだけのキスをした。 「「……」」 そしてギュウ、と強く抱き締められる。 「えっと……キスだけで良いんだけど」 「うるさい。これはオマケよオマケ」 おずおずと菫の背中に手を回す。 「離れたら、親友に戻るわ」 「じゃあ今は?」 「分からない。曖昧なのもたまには悪くないかもね」 「でしょ」 今日は少し風が強くて肌寒いけれど、菫があったかくてずっとこのままでいたくなる。 「……私ね、言ってなかったけど小説書いてるの」 「え、どんな?」 「暗いやつ。人間の嫌な所を書いてる」 「へー。今度読ませてよ」 「良いけど、明るい気持ちになんかならないわよ」 「それでも。読者第一号になりたい。あ、もしかしてもう誰か読んでる?」 「ううん。小説書いてる事も初めて言った」 「それこそ光栄。嬉しいよ」 菫は少しだけ力を弱めて私の瞳をじっと覗き込む。 「これから、良い恋愛いっぱいしなさいよ」 「……うん」 「泣きたくなったら私に言って」 「今、泣きそう」 何でだろう。失恋した訳でもないのに。 「今だけは、親友でも恋人でも何でもないんだよね?」 「そうね」 私はグイっと菫の制服の襟を引っ張って、もう一度キスをした。そして離れがたい温もりを手離す。 「菫は、この先きっと良い恋愛なんて出来ない」 「な、なによ」 「良い恋愛して幸せになってる所が全然想像出来ないし、遠野君に片思いしてるし沙織ちゃんだっているし」 「……ぐ、」 「だから、私はずっと親友として傍にいるよ」 「!」 嬉しい時も、悲しい時もいつだって。 菫に背を向けて屋上を飛び出した。階段をかけおりる。 足がもつれそう。呼吸が苦しい。 「っ、」 訳が分からないのに、涙がこぼれる。 いや違う……今分かった。 私、菫と親友になりたいわけじゃなかった。 ただ隣にいるだけじゃダメだ。 私、菫の一番になりたかったんだ。
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