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──別れたい。
ふいに彼氏からメッセージが届いた。
私はスマホを見つめたまま交差点の手前で足を止める。
時刻は深夜。
辺りには誰もいない。
信号が赤になり、青になり、また赤になる。
青と赤の色が差し込む画面をしばらく見て、ようやく指が動いた。
──わかった。
メッセージを送ると、すぐ既読がついた。
だけど返事はない。
彼との縁は切れていた。
別れの予兆はあった。
彼はスマホばかり見ている人で、付き合った一年弱で、綺麗な思い出は片手分しかない。
彼にとって私はこのメッセージと同じ。
タップすれば消せるぐらいの存在だったのだろう。
辛いはずなのに、出るのは苦笑いだけ。
自分でも嫌になる。
お腹、痛くなってきた……
早く帰りたいのに、私はその場にしゃがみこんでしまった。
『みーちゃん!』
懐かしい声に呼ばれた。
顔をあげると、三年前、突然亡くなった祖母がいた。
驚いたことに、祖母の体はスマホから幽霊みたいに飛び出ている。
祖母は早口で話し出した。
『顔も見ずに別れ話をする奴なんかクズだ! みーちゃんが傷つくことねえ! 可哀想になぁ。ばーちゃんがクズをこらしめたる!』
祖母の体がスマホに吸い込まれた。
しばらくすると、またひゅんと出てくる。
『クズのスマホに電波障害、起こしてやったわ』
祖母が鼻を鳴らす。
ポカンとしていると、祖母は満面の笑顔になった。
『みーちゃんは、ばーちゃんの自慢の子。次はきっと、ええ人に巡り会える』
祖母の手が私の頭を撫でる。
手が触れている感覚はなかった。
『みーちゃんの笑顔、スマホでいっぱい撮ってな。ばーちゃん、見守っているよ』
祖母がVサインをする。
そのままあっさり、祖母は消えてしまった。
はっと息を吸うと、トラックが目の前を通りすぎていった。
辺りを見渡しても誰もいない。
夢だったのだろうか。
握っていたスマホを見ると、待受が変わっていた。
元彼と撮った夜景ではなく、祖母と私がVサインしているもの。
最期に一緒に撮った写真だった。
「おばあちゃん」
祖母はいつも私の味方だった。
両親と喧嘩した時も、庇ってくれたっけ。
「おばあちゃん……!」
また助けてくれたのかな。
私がひとりぼっちだったから。
「おばあちゃっ……」
スマホを握りしめ、声を殺して泣いた。
泣きやむと、お腹の痛みがなくなっていた。
鼻をすすって、スマホを見る。
祖母の笑顔に目が細くなった。
「もう大丈夫。歩けるよ」
立ち上がると、ちょうど進めの青信号。
私は口角をあげて、交差点を渡った。
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