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「脱サラって言うのはね……簡単に言うと、皿をやめるって事よ」
「ええっ……」
驚く友人。
さもありなん。ふつうはこんなこと考えたりしない。
「できるの?」
「無理よ。旦那はれっきとした焼き物のシチュー皿だもん」
もちろん私もね、と付け加える。
ペアで買われて早五年。夫婦シチュー皿としてここのご夫婦に愛用してもらっている。使われるときもしまわれるときも常に共に過ごしてきた私達は、旦那の意味不明な決心によって離婚どころか夫婦崩壊の危機に瀕していた。
「だ、だよねぇ……」
友人のサラダボウルは食器棚での置き場が隣り合う関係からはじまり、いつの間にかすっかり意気投合した仲だ。木目が綺麗で、聞くところによると一本の丸太から手作業で掘り出されたんだとか。
少しばかりすっとぼけたところはあるけれど、気遣いもできるし温かみもある、とってもいい子なのだ。
「それで、旦那さんは脱サラしてどうしたいの?」
「ラーメン丼になりたいんだって」
「なんで?」
「自分は皿に収まる器じゃないんだって」
「え、でもシチュー皿だから器だよねぇ」
「ああまあ、確かにそうね。でもこの場合器と言うのは……ややこしいな」
「難しいねぇ。でも、なんでラーメンなんか入れたいんだろう? ニンニクの匂いとか染みつきそうで、私は嫌だけどなぁ……」
「最近、この家の人がソース多めのパスタばっかり作ってたからかも」
「そっか、汁物もいけると思ったんだねぇ」
「理解を示さないでよ。スープとソースじゃ量も違い過ぎるし」
「あ、そっか……ごめん」
てへへと笑うサラダボウル。
そんな事よりも、だ。私にはもっと心配なことがあるのだ。
「私と旦那って夫婦シチュー皿じゃない?」
「そうだねぇ」
「ご夫婦で愛用してもらってるけど、片方がダメになっちゃったら、私も使ってもらえなくなるんじゃないかって心配で……」
「ああ……そっか。ここのご夫婦、仲いいもんね」
皿として、食器棚に長期間眠らされるほどつらいことは無い。
それならせめて飾って貰った方がましだが、残念ながら実用性一点張りのデザインだからそれも望めない。
「どう言ったら旦那さんの事、止められるかなぁ」
「いや、止めるも何も不可能だって言い続けるしかないじゃない」
頑固者の旦那がそれで考えを変えてくれるのか。
私には全くもって自信が持てなかった。
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