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「最近、旦那さん見ないね」
食器棚の中でサラダボウルが私にそう話しかけてきた。
「もしかして脱サラに成功して丼になれた?」
「いや、それは無理だってば」
「そっか……残念だね」
友人の場合、これを本気で言っているのでなかなかに恐ろしい。
すでに焼きあがった皿が脱サラするとしたら、それは割れて砕け散ってごみになった時だけだろう。
「でも、食器棚にはもう戻って来ないと思う」
「なんで?」
「旦那ね、脱サラが不可能だって言い続けたら、不貞腐れちゃって」
「可愛いとこあるね……」
可愛くはないのだ。
小皿や小鉢ならちょっと可愛いかもしれないが、年季の入ったシチュー皿が不貞腐れている姿は同じ皿として見られたもんじゃなかった。
「そんな態度で皿やってたせいか分からないけど、洗われてる途中で欠けちゃったの」
「ええっ……。大変じゃない」
「一応、欠片くっつけて貰えたらしいけど、もう食器としては使えないってことでね」
食器棚から旦那はお払い箱になってしまった。
「で、今はどこに?」
「庭に単身赴任してる」
「庭?」
「そう。植木鉢の受け皿だって」
私が言うと、友人は少し考えたのちにぽつりと言った
「……結局、お皿のままなんだね」
「そういう事」
「で、あなたは平気?」
「うん、一枚は新しく別のシチュー皿買ってたけど、変わりなく私の事使ってくれてるし。会わなくなると、あんまり気にならないかなって」
「サラッとしてるねぇ」
「ごめんね、そう言う性格で。あなたこそ、いつもありがとう。私の事を気遣ってくれて……」
「ううん良いの。私のは木製の性分って奴だから」
食器棚の中で隣り合ったというだけだけれど、彼女と仲良くなれて良かった。
「それよりさぁ、私も脱サラしたくなっちゃった」
彼女もサラダボウルだから脱サラに当てはまる存在ではある。
「サラダボウル辞めるの? 何になりたいの?」
「やっぱり、可愛くスイーツとか盛られたい。パフェとか持ってもらって、映え~とかさ」
サラダボウルに盛られたパフェ。
確かに映えはするだろう。
けど、可愛いか?
うっとりとしているサラダボウルを見ながら、天然木は言うことが違うと改めて感心した。
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