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「お姉さん そのぬいぐるみが気になるかい?」
「えぇ 素敵ですね」
フラリと立ち寄った雑貨屋に可愛らしいぬいぐるみがいた
左耳にハートの刺繡が入った赤色のクマ
手触りも柔らかく優しい微笑みを浮かべている
「ゴメンねぇ それ、非売品なんだわ」
「あら?そうなんですか?」
「本当は夫婦人形なんだよ その子の片割れがいるはずなんだが、どこぞの馬鹿が引き離しやがって」
「てことはもともと別な人が持ち主だった?」
「その通り ウチは買い取りもしてるから、この前ある客からその子を買い取ったってわけ」
「なるほど でも非売品ならどうして店頭に?」
「夫婦人形だから2人で1つ、それが独りぼっちだなんて可哀想だろう? 店頭に置いとけば片割れを持つ人が現れるんじゃないかと思ってね」
「でもなんだか高そうですね 作りもしっかりしてますし」
「いやまぁ確かに高いんだが、セットじゃないと意味がない 売りに来た男にもそれを説明して二束三文の値段で引き取ったよ」
「じゃあもしかして」
「片割れを持つ人がいたら無料で渡すさ 嫌だと言っても押し付ける、なんなら持ってるそっちを買い取るよ」
「アハハ そしたら高く売れますしね」
「だけど絶対に見つからないだろうなぁ そのぬいぐるみはコトホギグマ
結婚式での贈答品なんだ 完全なオーダーメイドで作られる2人で1つの夫婦人形 その証拠としてロットナンバーと名前がつくんだよ」
「ということは、本当の夫婦みたいにオンリーワンなんですね」
「そういうこと ナンバーと名前によってこの2人が夫婦だと決められている そしてだからこそ難しいんだ 同じ会社の同じ商品でも意味が無い この子の夫婦を探さないと」
「ちなみにこの子の名前は?」
「ロットナンバー3 アンって名前だ この子の片割れは」
「同じくロットナンバー3 カイ」
「そうそうカイ……ってお客さん、どうしてその名前を?」
ぬいぐるみを抱えて帰れば青いクマが待っていた
「カイ アンが戻ってきたわよ」
ちょこんと隣に並べればなんともおさまりが良い
元からこうして作られた夫婦人形なんだから当たり前か
それでも2人とも笑顔が鮮やかになった気がする
「あのバカ結婚式の大事な思い出を売るかね?」
なんてことはない このぬいぐるみを売ったのは別れた旦那だ
最高に気の合う親友だった
小さい頃からの幼馴染で小中高とずーっと一緒
親からも「あの子と一緒なら安心できるから同じ大学受けなさい」と言われた程だ
そんなこんなでダラダラとつるみ続け、告白とかもせずいつの間にかの流れで結婚
そしたら案外嫌な部分が見えてきまして
電気をつけたら消さない シャンプーが切れても補充しない 無神経なのに変なところはロマンチスト
そんな些細なささくれが、友達だから許せていたけど家族だと嫌だなと思い始め
向こうも同じような不満を抱えていたのかギスギスしてきたのでキッパリと別れた
決して喧嘩別れではない、楽しかった頃の関係性に戻りましょうという意味での離婚だ
「アンタぬいぐるみ売ったでしょ? いや、なんか怒ってる感が出るな 写真だけ…… ダメだ 一文添えないと流石に怖すぎる」
久々に送るメールの文面を思案する
しばらく距離も置いたことだし、そろそろお互いに頭も冷えただろう
「よし決めた 夫婦ではなく友達として またお付き合いしませんか? これで送信だ!」
思いを載せた言霊はメールとなりて軽やかに飛んでいった
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