1 あの子そっくりな女

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 車は市街地を抜け、郊外へと進んでいく。  やがて一軒の家の前で停まると、二人は車のドアを開けて外へ出た。目の前には二階建ての一軒家が建っており、表札には『水木』という文字が刻まれている。 (昔とは、少し雰囲気が違うな)  亜美はぼんやりとそう思った。  最後にここへ来たのは、確か中学を卒業する少し前だったと思う。あの頃よりも外壁は明るい色になっていたし、門扉も新しい物に変えられている。玄関横の小さな庭には、当時は無かった綺麗な花々が植えられていた。  この家の兄妹は幼い頃に父親を亡くし、女手一つで育てられた。しかし詩織が成人して間もなく母親も病気で他界してしまい、兄妹は二人きりでこの家に暮らしていた。そして三年前に詩織が事故死してからは、将斗が一人でこの家に残り続けている。  玄関のチャイムを鳴らすと、ほどなくして中から一人の男性が顔を出した。 「いらっしゃい、待ってたよ」  そう言って、水木将斗は優しく微笑みかけてくれた。  清潔感のある黒髪と、すらりとした長身。整った顔立ちには知性的な雰囲気があり、とても好感の持てる人物だ。 「先輩、お久しぶりです。お招きいただきありがとうございます」 「こちらこそ急な連絡だったのに来てくれて嬉しいよ」  将斗はそう言って、今度は亜美の方へと視線を移す。 「亜美さんも、今日はありがとう」 「お久しぶりです。結婚したなんて知らなかったから、驚いちゃいました」 「ごめんごめん。少しバタバタしてたからね」  亜美の言葉に、将斗は明るい顔で言う。  以前会った時はまだ詩織のことを引きずっていたのか、どこか憔悴しきった表情だった。今の彼は顔色もよく、だいぶ元気を取り戻したように見える。  将斗に促されて二人は家に上がった。少しリフォームをしたのか内装も小綺麗になっており、明るく温かみのある空間になっている。  この家にもう親友の部屋はないのだと思うと、亜美は寂しさを覚えてしまう。けれど家族のいなくなったこの家に、新しい住民が加わったのは素直に喜ばしいことだと思う。  これでもう彼が空っぽの家に帰ることはなくなるのだ。亜美はそっと安堵の息を漏らした。  けれどリビングへ案内された時、亜美は思わず目を見開いていた。  驚きで、心臓が止まるかと思った。  そこには一人の女性がいた。彼女は白いブラウスと黒いスカートを身に着けており、シックな印象の装いだった。  その透き通るような白い肌は美しく、黒目がちな瞳と長い睫毛、艶やかな髪、薄桃色の小さな唇は、まるで人形のようでとても愛らしかった。  まさか、まさかと混乱しながら、亜美は言葉を失う他なかった。 「紹介するよ。俺の妻の沙百合だ」  将斗は微笑みながら、その女性を紹介した。 「初めまして。本日はご足労いただき、ありがとうございます」  澄んだ声でそう言って丁寧にお辞儀をする女性に、亜美の思考は完全に停止してしまった。 「し、おり……ちゃん?」  信じられない光景に眩暈すら覚えてしまう。  その女性は、三年前に死んだはずの親友とそっくりな顔をしていたのだ。 「驚いただろ?」  将斗が悪戯っぽく言って、亜美はハッとする。  同じく驚きで硬直していた颯真も、我に返ったように口を開いた。 「せ……先輩、一体どういうことなんですか?」  ややどもりながらも颯真が訊ねると、将斗は笑みを湛えたまま答えた。 「ほらほら、いつまでも突っ立ってないで座ったらどうだ?」  釈然としないまま亜美たちがソファに腰を下ろすと、沙百合が慣れた手つきでお茶を淹れ始める。ついついその動きを凝視してしまう亜美に、沙百合は優しく微笑みかけた。 「どうぞ」 「あ、ありがとう」  ドギマギしながら受け取り、口に運ぶ。程よい温度に調整されたお茶は美味しく、少し気持ちが落ち着くのを感じた。  亜美がちらりと横を見ると、颯真も驚いた顔のまま沙百合を見つめていた。その表情から察するに、彼もかなり衝撃を受けているようだ。 「彼女、詩織にそっくりだろう」  将斗がこともなげに言う。驚きと戸惑いで言葉を発することができずにいると、彼は沙百合の肩を優しく抱き寄せながら続けた。 「驚くのも無理はないさ。俺も最初見た時は驚いたんだ。まるで詩織が生き返ったのかと錯覚するほどそっくりでさ」  将斗の言葉通り、沙百合は本当に詩織とよく似ていた。  外見だけでなく、声や雰囲気、ちょっとした所作までそっくりそのままで、詩織本人がそこにいるのかと錯覚をしてしまうほどだった。 「いや……マジで、びっくりしました」  ようやく口を開いた颯真の声は、少し掠れていた。
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