びっくり箱

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びっくり箱

 次の日、男性は家族だけに見送られ荼毘に付された。葬儀はせず、僧侶にお経を読んでもらうだけで終わった。奥さんも子どもたちも、青白い顔で沈痛な表情をしていた。 「仕事で悩んでいて電車に飛び込んだそうだ」 「それじゃあ人を呼んでお葬式なんてしたくないですよね」 「だな」 「大きな家でお金持ちそうだったのに。普通に亡くなったんなら盛大なお葬式をあげたんでしょうね」 「あの家売るみたいだぞ」 「そうなんですか。旦那さんが自殺したから近所の目が気になるんですかね」 「何を言ってるんだ。電車を止めたんだぞ。電車に傷がついてるかもしれないんだぞ」 「あ……!」  電車を止めると高額な慰謝料が発生する。それを返すために家を売るのだろうか。 「まあ相続放棄すると支払いは免れるみたいだが、家も財産も相続できなくなる。もし奥さんが相続放棄しないとなると、これから一生働いて返していく事になる。どっちにしてもこれからは1人で子どもを育てながら生活を支えなきゃならない。悪夢だな」  結婚して子どももいて大きな家にも住んでいた。そんな幸せな生活がたった1日で崩れ去った。こんな別れがくるなんて想像もしていなかっただろう。 「奥さんに相談しなかったんでしょうか。仕事が嫌だったら辞めれば良かったのに」 「それができれば自殺なんかしなかっただろうよ」 「奥さんは旦那さんが悩んでいた事に気付かなかったんでしょうか」 「毎日一緒にいても結局は夫婦なんて他人なんだ。分かってるようで分からんものだ」  酒癖の悪いご主人に悩まされても結婚式を待ちわびていた奥様。ご主人の葬式代も払わす海外へ男と逃亡した未亡人。カツラだという事を隠していた夫。  確かにどこの夫婦もてんでバラバラだ。 「社長も奥様の事分かってないんですか?」 「もちろんだ。よくもあんな仕事ができるもんだ。まあ向こうもそう思ってるみたいだがな」 「じゃあお互い理解しあえていないって事ですか?」 「あのな、親子だろうが兄弟だろうが、人の考えてる事なんか分かるわけないだろう」 「確かに……」  それはそうだ。血の繋がった家族でさえわかり合えないのに、他人である夫婦なんて尚更だろう。 「だから面白いんだ」 「え?」 「次は何を言い出すのか、分からない方が面白いだろ? びっくり箱みたいなもんだ。ガハハハハ」  結婚してもわかり合えない、相手次第で辛い人生が待っているかもしれない。そう考えると結婚なんてしない方がマシだ、と思い始めていた。でも社長のガハハ笑いを聞いたらちょっと気が変わった。  びっくり箱か。それは楽しそうだ。一緒に楽しんでくれる人がいたら、いつかは僕もーー。
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