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「一番安いのにして」  中年の奥様はぶっきらぼうに言った。 「では祭壇は”梅”で用意させていただきます。お花や引き出物は……」 「全部最低で。とにかく安くお願いします」  それだけ言うと奥様は忙しそうに部屋から出て行ってしまった。  予算もあることだし、葬式は豪華だから極楽へ行けるというわけではない。安くても心がこもっていれば故人も安心して旅立つことができるだろう。  僕は書類を記入して家から出ようとした。 「今葬儀屋と打ち合わせしてたのよ。え? 喪服? 喪服なんてないわよ。貸衣装? それいくらするの? 一番安いのでいいわ」  親戚か友人と電話をしているようだ。  家はまあまあ古そうだ。でも綺麗に整理されている。しかし所々、壁や襖に穴が開いていた。 「あの酔っぱらい、いなくなってせいせいするわ。せっかく買った家も暴れて傷だらけよ。これで安心して暮らせるわ」  亡くなると故人の生き様が表出する。いくら外でいい人を演じていても、家族を困らせていると葬式の時にバレてしまう。ここのご主人も酒癖が悪く奥様に辛い思いをさせていたのだろう。  それでも最期くらいは穏やかに送ってあげてもらいたいものだ。いなくなってせいせいするなんて言わないであげて欲しい。  せめて僕だけは静かに送ってあげよう。そう思った。
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