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「おう、極楽。”松”は取れたか?」
会社に戻ると社長が大声で聞いてきた。
「すいません。”梅”でお願いします」
「はあ? しけてんなあ」
「家庭の事情もあるので」
「そこを何とか格上げさせるのがお前の仕事だろう。次は絶対”松”取って来いよ」
「努力します」
葬式にもランクがある。うちの葬儀会社は松竹梅の三段階ある。松が一番豪華だ。入社して1年、まだ松は取れていない。でも家庭の都合もある。大事な家族を亡くして沈んでいる人にセールスをするのも気が引ける。
葬儀は滞りなく終了した。喪主である奥様は終始仏頂面だった。親族も弔問客も、涙をこぼす者は誰一人いなかった。よほど故人様は行いがよろしくなかったようだ。たまに集まった従兄弟と楽しそうに鬼ごっこをしている子どもたちを叱る大人はいなかった。
「それでは最後に喪主の挨拶をお願いします」
僕は奥様にマイクを渡した。奥様はしばらく無言でマイクを握りしめていた。挨拶の文言は印刷したものを渡してあった。奥様はその紙を見つめていた。そして口を開いた。
「本日はお忙しい中お集まりいただき、故人も喜んでいることでしょう……」
そこでまた奥様は言葉を詰まらせた。あとはお礼を言うだけだ。
「大酒飲みで、乱暴者て、お金にだらしなくて、みなさんに迷惑をおかけしました」
奥様は突然紙に書かれていないことを話し始めた。
「私も大分苦労させられました。結婚式だって挙げてもらえなかった。いつかはお金を貯めて結婚式を挙げようって、機嫌の良い時はいつも言ってました。それなのに……私はずっと待ってたのに、楽しみにしてたのに! ずっと……」
奥様は座り込み号泣しはじめた。その姿に参列者も目頭をおさえた。今日、初めての葬式らしい雰囲気だった。
僕も奥様に寄り添いつつ目を潤ませた。
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