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「一番いいのにしてください」  僕は耳を疑った。目の前にいるのはまだ若い、僕より少し上くらいの美しい女性。その女性が”松”を指定してきた。 「わ、分かりました。ではお花や引き出物は……?」 「全部一番いいのでお願いします」 「かしこまりました。誠心誠意、ご用意させていただきます」  取れた。初めての”松”だ。僕はすぐ会社に戻り社長に報告した。 「やったな極楽! やればできるじゃないか! お前を採用して良かったぞ。まあ名前で採用したようなもんだけどな、ガハハハハ!」  社長は「松」を連呼しながら僕の背中を叩いた。社長は態度もデカいが手もデカい。祭壇も1人で設置できるほどのバカ力だ。正直痛い。でも今日は嬉しいから我慢しておこう。  社長と一緒に笑いながらも、心の奥がチクリと痛んだ。  まだあんな若さでご主人を亡くされた女性。辛いだろう、寂しいだろう。ご主人のために最高の葬式をあげようとするその気持ちに僕は寄り添えているのだろうか。    葬儀はしめやかに、盛大に執り行われた。とにかく参列者が多かった。故人は中小企業の社長だったというから頷ける。  絢爛豪華な祭壇が見えないほどに飾られた花。社長の葬式には申し分ない。そして最前列に座るのは花にも負けないほどの美しき未亡人。結い上げた黒髪からこぼれ落ちたおくれ毛が小さく震えている。着慣れない喪服着物が着崩れているのにも気づいていない。終始ハンカチで目を押さえつつ、焼香してくれた参列者には深々とお辞儀をする。  最後の喪主の挨拶は声を震わせながらも社長夫人として立派に成し遂げた。健気だ。痛々しいほどに。
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