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 葬儀は慎ましやかに進行していた。喪主である老人は、背中を丸めぼんやりと遺影を眺めていた。 「それでは喪主様からお焼香をお願いします」  僕がアナウンスすると、老人は息子たちに支えられ立ち上がった。そして自分の足でゆっくりと歩き、祭壇の前に立った。  遺影をじっと見つめ合掌し、深く頭を下げた。  ボトリーー。 「!!」  ”ヅラ”が落ちた。  焼香炉の上に乗った黒々としたヅラ。それに気づかず手を合わせ祈り続ける僧侶……と同じ頭の老人。  とっさに焼香台に走った。毛が少しチリチリと焦げていた。  慌てて拾い上げざっと灰を払い老人の頭に乗せた。ふうとひと息つき振り向くと、息子たちが笑いを押し殺していた。いや、息子たちだけではなく、参列者全員が笑うに笑えず真っ赤な顔をしていた。  僕は元の場所に戻り「ご親族様からお焼香を」とアナウンスした。平静を装っているつもりだったが、声は上ずっていた。  腹筋が痛い。笑いをこらえるのに必死だった。老人が視界に入るたびに込み上げてくる。それでも何とか葬儀を終え、出棺となった。  みなが棺の中を覗き込み、故人に最後の挨拶をしていた。 「それではふたをさせていただきます」  僕が棺のふたを閉めようとすると、「待ってください」と老人が言った。そして突然ひょいとヅラを外すと棺の中に入れた。 「母ちゃん……妻は、昔から私の髪を褒めてくれました。真っ黒で艶々な髪が羨ましいと。 妻は天然パーマで茶色がかった髪でした。なので私の髪に憧れていたようです。私からすれば妻の髪は外人さんみたいで、会うといつもドキドキしていました。 妻のために髪をキープしようと努力して参りましたが、寄る年波には勝てず、年々減少の一途を辿りました。 このままでは妻に嫌われてしまう。そう思った私は妻に内緒でこれを作りました。 年を取ってからは”あなたは白髪にならなくて羨ましいわ”と言っていました。遺伝なんだと誤魔化していました。後ろめたい気持ちはありましたが、毎晩寝る前に妻が髪を撫でてくれるのが嬉しくて、ずっと隠してきました。 なので、妻が好きだった私の髪を持たせます。これで妻も寂しくないはずです」  出棺の挨拶にしては長かったが、みな老人の話に聞き入っていた。老人と奥様の仲睦まじい暮らしが垣間見えた気がする。  どこからか拍手が起こった。それが広がり、会場中に拍手が響き渡った。僕も力いっぱい手を叩いていた。
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