5.神様は残酷な方だ。

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5.神様は残酷な方だ。

 私、アリスは小さな村に生まれた平民だ。  15歳になった時にアカデミーの試験を受けた。  私に目覚めた治癒の魔力という珍しい力を活かす場所に行きたかったからだ。  無事に奨学生としてアカデミーに通うことができたが、身分差別に苦しむことになった。  私のような平民と貴族令嬢は仲良くしてくれない。  そして、アカデミーに通うような平民の子はお金持ちの家の子しかいなかった。  そういった子は貴族令嬢にも相手にして貰えていた。  ルシア・ミエーダ侯爵令嬢は貴族令嬢の中でも頂点にいる方だ。  彼女は美しい上に、次期国王であるミカエル・スグラ王太子殿下の婚約者なのだから当然だろう。  私にとって彼女は遠い存在だった。    彼女の兄であるオスカー・ミエーダ侯爵令息は、アカデミー首席卒業生で数学の講義を週に3回している。  私は数学が苦手だったので、どうしても分からない問題があり彼に質問に行った。  空き教室の窓際で外を眺めているオスカー様を発見すると、緊張しながら近づいた。  私は彼の美しい薄紫色の瞳と、夕陽が染めた彼の横顔に一目惚れしてしまった。  分からないことがあればいつでも聞きに来て良いと言われ、彼が講義に来る日は彼を探すようになった。  彼はいつも親切で丁寧に私に勉強を教えてくれた。  そんな彼の優しさに触れるうちにどんどん好きになった。  身分も違うのに大それた想いを抱いたのが、彼の妹であるルシア様にはバレていたかもしれない。  私がオスカー様に近づこうとすると、彼女の取り巻きに囲まれて嫌味を言われるようになった。    ルシア様と寮で同室になると聞いた時は不安だった。  しかし、今日会った彼女は私の知っている彼女とは全く違っていた。    ルシア様は貴族らしい婉曲表現をよく使っていたのに、今日のルシア様は心配なくらいストレートな物言いをする。  そして、私が孤独であることを見破り、孤独を恐れるなと叱咤激励してくれた。  自分も孤独であるから、同士だと心に寄り添ってくれた。    やはり私がオスカー様を想っているのがバレているのか、探りを入れて来られた。  彼女は婚約者がいるにも関わらず、自分はローラン王国のアルベルト王子が好きだと明かしてくれる。  私が嫌がらせされたのは、ルシア様からではなく彼女の取り巻きからだ。  あれはルシア様の指示ではない可能性がある。  そんな願望が生まれて、彼女に私の好きな人を明かしたくなっていた。    思いを巡らせながら片付けをしていたら、ルシア様がクッキーを作りながら泣いていた。  彼女は許されない恋をしているのだから、当然かもしれない。  王太子の婚約者が、他国の王子に想いを寄せている等、身分の違い以上に問題になる。  クッキーはハート型をしていた。  ルシア様はアルベルト王子殿下に告白をすることを決意したようだ。  もう21時を回っていて夜遅いのに、ルシア様はクッキーを届けに行きたいという。 「もう最終学年よ。時間がないの」  私は彼女のその言葉に胸が締め付けられた。  卒業したらアルベルト王子はローラン王国に帰り、ルシア様はミカエル王太子と結婚する。 (叶わぬ恋でも、気持ちを伝えたいなんて⋯⋯)  私は彼女の気持ちをアルベルト王子が受け止めてくれることを神に祈った。  神様は残酷な方だ。  ルシア様が秘めた想いを伝えることさえ許してくれないらしい。  アルベルト王子のお部屋から出てきたのは、彼女の婚約者だった。 「ミカエルなんでここに⋯⋯」 「ルシアこそ、こんな時間にどうして⋯⋯」  ルシア様は驚愕の表情を浮かべ、ミカエル王太子は彼女の手元のクッキーを見ていた。 (ハート型だ⋯⋯ルシア様の気持ちがバレちゃう)   「アルベルト王子殿下のお夜食にと、手作りクッキーを届けに来たの」  私の焦りとは逆にルシア様は堂々としていた。   「ミカエルどうしたの?」  藍色の髪に澄んだ海色の瞳をしたアルベルト王子が部屋の奥から顔を出す。  キラキラしたミカエル王太子殿下と対照的に、少し影がある大人っぽい雰囲気の方だ。  同じ寮にいてもお見かけした事はほとんどなく、ルシア様もあまり接点がないはずだ。  それでも彼女が彼のことを好きになったということは、やはり恋とは一瞬で落ちるものなのだろう。 (私もオスカー様に恋に落ちた瞬間を覚えているわ) 「アルベルト王子殿下、クッキーを作りました。小腹を埋めるのにお役に立てればと⋯⋯」  いつも堂々としているはずのルシア様は、もじもじしていた。 (恋をするとルシア様もこんな感じなのね⋯⋯)  私とルシア様は促されるままに部屋の中に入った。  特別室は調度品も豪華で天井も高くて、その豪華絢爛さに驚いてしまった。  部屋数も1つではなく、寝室や書斎が奥にありそうだった。    さらに私を驚かせたのは、部屋の中にミカエル王太子の護衛騎士がいたことだ。  彼はライアンという平民の護衛騎士だが、腕がよくミカエル王太子からも信頼されていていつも一緒にいる。 (気が利くと評判なのに、客人が来た時に扉も開けずに部屋の中で突っ立ってたの?) 「まあ、座ってルシア嬢と、アリスさん⋯⋯」  アルベルト王子殿下の口振りから、私が誰かは自信がなさそうだった。 (ほとんど面識がないけれど、アリスで当たりです⋯⋯)  私とルシア様は促されるまま、赤いベロア調のふわふわのソファーに座った。 「失礼致します。クッキーに入っているものは、バター、砂糖、小麦粉、卵とバニラエッセンスです。怪しいものは入ってません」 「はい、私も見てました。材料はルシア様のおっしゃった通りです」  誰もルシア様が怪しいものを入れるなんて思っていないと思うのだが、ルシア様に言われた通り証人をする。  視線を感じて、ちらりと見ると黒髪に漆黒の瞳をしたライアンがじっとルシア様を見つめていた。 (男はルシア様みたいな美女を見たら見惚れるのは仕方ないと思うけど、見つめすぎるのは無礼じゃないのかしら?)   「面白いこと言うね。別に、君が僕に惚れ薬を盛っているなんて思ってないよ」  アルベルト王子は上機嫌で、横目でミカエル王太子を覗き見る。  友人関係であるミカエル王太子の婚約者が自分に愛の告白のようなことをしに来たのだ。 (優越感に浸ってるの? なんか、嫌な感じ⋯⋯)   「そんなものは盛ってません。私は、正攻法でアルベルト王子殿下を落としにいきます」  ルシア様が真っ直ぐな目でアルベルト王子を見つめた。  瞬間、アルベルト王子もミカエル王太子も私も驚愕の表情を隠せなかった。  そのような中、じっとルシア様を見続けるライアンが気になった。      
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