一章 第六回屍喰鬼ゲーム開催

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一章 第六回屍喰鬼ゲーム開催

 かすかなゆれを感じて、ヒロキは目ざめた。夢を見ていた。七年前。異端狩りに捕まった日の夢。初めて、自身がグール亜種だと知ったときの記憶だ。  思えば、あれからのちは、ずっと悪い夢のなかをさまよっていたような気がする。どこか現実ではないような。フワフワした変な気分。ひどいめにあっても、それはほんとの自分ではないかのような、そんな気分だった。  そう思わないとやっていられないからかもしれない。自分を守ろうとする本能がそう思わせるのだ。  ふうっとため息をつくが、むかいにすわる女ににらまれた。ヒロキは肩をすぼめる。  異端収容所からゲーム会場へつれていかれる護送車のなかだ。ヒロキのほかに三人の女が乗っている。全員、手錠がかけられ、鎖で壁に固定されていた。四すみにはマシンガンをにぎる特別治安部隊の兵士が見張りについている。  それは、しかたない。ここにいるのは異端者、またはその嫌疑人だ。凶悪な殺人衝動者がまぎれていてもおかしくない。  この護送車の乗員は女だが、参加者のなかには男もいるだろう。力の強い男のグール亜種。存在だけで脅威だ。  そう思って見れば、同乗者たちは全員、怪しかった。  まず、さっきヒロキをにらんできた女。年齢は二十二、三歳。赤みの強い派手な茶髪で、顔立ちは悪くないものの、とにかく目つきがするどい。少しの油断もなく、あたりをにらみ続けている。ネームプレートが胸についていて、永瀬遥子(ながせようこ)と記されていた。  そのとなりにはメガネをかけた美人。黒髪のショートカットで、かすかにふるえてはいるものの落ちついている。見ためだけでも知的な印象だ。こちらは二十歳前後。紺野穂積(こんのほづみ)。  そして、ヒロキのとなりにいるのは、十代の女の子だ。クシャクシャのパーマで、顔じゅうにたくさんピアスをつけている。耳、鼻、唇など。同世代だけど、仲よくなれそうな気がしない。碓氷花蓮(うすいかれん)。  まあ、仲よくする必要はないのだろう。会場につけば、待っているのは相手とのだましあい、殺しあいのゲームだ。自分だけが勝って、異端者の街、通称ヴァルハラの市民権を獲得しなければならない。  わたし、ほんとにやっていけるんだろうかと、すでにヒロキは不安だった。  入谷緋色姫(いりやひろき)、十七歳。見ためはとても可愛いと言われるけれど、十歳でグール亜種と認定された異端者だ。何しろ、クラス全員の見ている前で、切断された自分の指を食べ、新しい指が生えてきたという。ヒロキ自身はそのときの記憶がないものの、欠損かしょの再生はまぎれもなくグールの特徴である。  子どものころ、おもしろ半分に聞いていたグールに関するウワサ。あれはほとんどデマだった。今のヒロキにはもっと詳細な事実がわかっている。自分自身のこととして。  グール亜種とは、ある研究所で造られた改造人間だ。と言っても、体が傷ついたとき、すみやかに再生するための酵素を分泌する改良型RTRという薬剤を注入されただけ。外見は完全な人間だ。ふつうと違うのは、肉体の一部が欠損しても再生する能力。そして、そのためには人肉が必要なこと。  初期のグールは毎日、人肉を食べなければ、体細胞が壊死して生きながら腐っていったらしい。が、最大のウィークポイントであった壊死を抑えたのが改良型だ。グールとは異なるので、グール亜種と名づけられている。  決して怪力とか、超能力を持つなどの化け物ではない。でも、世間ではひじょうに恐れられている。それにはしかたないわけもあるのだが。  RTRの改良はおおむねよい方向に転じた。しかし、代償として、食肉衝動の変化した強い破壊衝動を持つにいたった。大半は衝動が自己破壊にむかい自殺。それだけなら、まだいい。やっかいなのは、その衝動を外にむける者が一部いる事実だ。それは抑えきれない苛烈(かれつ)な殺人欲求につねにさらされた、生まれながらのキラーマシン。しかも、ふつうの人の顔をして世間にまぎれこんでいるサイコパスだ。 「到着だ。出ろ」  護送車が停まり、ヒロキたちは壁に固定された鎖を外された。車外に出ると、古びた建物がある。(つた)が外壁に這い、見るからにおどろおどろしい。  会場は収容所のとなりにある旧セクションだ。老朽化のため、ふだんは使われていない。  収容所と会場の旧セクションは棟こそわかれているものの、渡り廊下でつながっている。  本来なら、渡り廊下から移動すればいいのだが、それだと、のだ。このゲームはそこが肝心なのだから。参加者の身分を隠すため、捕まったばかりの異端嫌疑人も、いったん収容所に入れられ、そこから出発する。  だから、ヒロキもまだメンバーの誰が異端者なのかわかっていない。  総勢十名の参加者のうち、捜査官一名、異端者二名、市民七名。それが今回の内わけだと聞いた。  ヒロキはこんなゲームやりたくなかった。いつ殺されるかもわからない危険なゲームだと、かねてから聞いている。だが、異端収容所の神島所長の命令で、しかたなく参加することになった。  三日前だ。ヒロキはとつぜん、独房から神島のいる所長室に呼びだされた。 「ヒロキ。おまえがここに来て七年になるな」 「はい」 「おまえは異端審問会を受けた矯正型亜種二世だ。おそらく、二度と食肉衝動も起こらないだろう。どうだ? 異端者解放地区で自由に生きてみたくはないか?」 「……」  これは意外な申し出だった。神島がヒロキを手放すとは思ってもみなかった。  五年前から、ヒロキは神島の愛人だ。神島の特殊な性癖に、ヒロキはなくてはならない存在のはず。 「でも、あそこの市民権を得るには、怖いゲームをしないといけないって……」 「屍喰鬼ゲーム。正式名称は異端審判」 「そうです。それです。わたし、殺しあいなんてしたくない……」  ヒロキは断った。だが、神島は聞いてくれない。神島には逆らえない。逆らえれば、キツイお仕置きを受けてしまう。彼の暴力傾向は異端レベルじゃないかと思う。もちろん、そんなこと、口に出しては言えないが。 「でも……」 「ヒロキ。これはとても名誉なことなんだぞ? ここでこのまま年をとっていくと、将来どうなるかわかっているのか?」  それについては、あるウワサを聞いている。収容所の地下には秘密の研究所があり、そこでは異端者を使った実験がくりかえされていると。そして、収容所ではいつのまにか消えていく異端者が、じっさい、あとをたたない。それが単に定員割れした収容所に空室を作るため、処刑されているだけなのか、ほんとに恐ろしい実験がおこなわれているのか、知る者は誰もいない。 「屍喰鬼ゲームの参加者は、捕まったばかりの異端嫌疑人から数人、異端者から数人、それに捜査官だ。異端者と捜査官の人選は所長である私に任されている。私がおまえを指名するのは、おそらく、これが最初で最後だ。この機会をのがせば、二度とチャンスはないぞ?」  それは、いずれ処刑されるか、実験に使われるか、あるいはグール用食肉にされるか、という意味だ。  ヒロキに選択の余地はなかった。
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