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祥太朗さんの車で移動したのは以前昴のお迎えにと玄関先にお邪魔したことがある彼のマンションの部屋だった。
抵抗がないかと言われたら嘘になる。
でも私たちの会話は他人に聞かれたくないし、人の目も気になるからこれはこれで仕方ないと思ったのだ。そう思うけれども、やっぱりちょっと緊張する。
目にする高級マンションの床に壁に高級家具にと目にしたものその全てが今は一番自分から遠い人なのを実感していた。
昔この人と半同棲してたことがあるなんて信じられない。
もっさりしたジャージ姿に寝癖ヘア、休日の前には夜中まで映画を観たりゲームをして翌日お昼近くまで二人でゆっくり寝てーーー
って、なんでそんなことまで思い出しているんだろう。
昔のことを振り払うようにぶんぶんと頭を横に振った。
「入って」
祥太朗さんに促されて「お邪魔します」とおとなしく彼の後に続いて室内に入る。
案内されたソファーに座ると祥太朗さんはホッとしたように息を吐いたのが見えた。
「断わられると思った。・・・正直なところ来てくれるとは思わなかったし」
らしくもなく祥太朗さんは緊張していた?
「私も一度しっかり話した方がいいと思ってたので。今日はいいチャンスかなって」
「何度連絡してもスルーされるから直接行ってしまったけど、拒絶されなくてよかった」
病院で会ったあとも祥太朗さんから何度もメールや電話をもらっていた。そしてその大半を無視していたのは間違いない。
だって姉の出産の時に迷惑をかけてしまったお礼はもう言ったのだし、それ以外で話す必要性を感じない。今さら会って話したいなんて言われてもこちらも困るのだ。
別れた男女が会って何を話すって言うの。
祥太朗さんは懐かしいのかもしれないけれど、それはフラれた側の私の傷を抉ることだと思っていないのだとしたら配慮に欠ける行為だと気がついて欲しい。
それに製薬会社のお嬢さんやモデルの女性、ファッション関係の経営者の女性との交際報道もあって祥太朗さんの周りは賑やかだ。
あのサッカー日本代表戦のスポンサーとして目立ってしまった祥太朗さんはすっかり時の人だった。
私はそういうことに巻き込まれたくもない。
だから今もまだ祥太朗さんへの気持ちが捨てられないでいる自分自身にも腹が立ってしょうがない。
祥太朗さんは懐かしいかもしれないけれど、私はちっとも懐かしくない。
それが捨てた人と捨てられた人との差だろう。
こんな人のことなんて忘れてしまえたらどんなにいいだろうと何度も思った。
けれど、どうしても忘れられずグズグズとしてしまうのだ。
だからこそ祥太朗さんからの連絡は無視していたというのに。
今日こそはきちんともう二度と連絡してくるなと言わなくては。
「姉の出産の日、何か用があって私の会社の前で待ってたんですよね?結局あんなことになって何の用事だったのかも聞いてなかったし、さすがにメッセージの未読スルーって良心が痛むというか・・・しょっちゅうだと私もストレスだし。きちんと顔を合わせる時間を作った方がいいと思ったので」
良心が痛む、のところで祥太朗さんが苦笑した。
「しつこく連絡して迷惑がられてたことは理解してる」
わかっていてやっていたのがまたむかつく。
「それだけ俺も必死だったってこと」
「・・・は?」
必死と聞いても疑問しかない。必死って大企業の専務さんが何に。
・・・あ、ビジネスか。
そういえば鳥羽さんが私を見かけたって言ってたなと思い出す。うちの会社と縁を繋ぎたいとか。
「鳥羽さんの話でしたっけ。私には権力ないので上司を紹介しますね。課長クラスはちょっと相談してからですけど、でも営業の主任でもいいなら同期なのですぐに声を掛けられますよ」
それでいいかと聞けば祥太朗さんは首を横に振った。
「鳥羽のことはもういいんだ。前にも言ったけど伊都の会社には俺の知り合いがいるからもう既にそいつを紹介した」
そうなんだ。
そういえばそんなこと言ってたような気がする。姉の出産の件ですっかり忘れていた。
誰のことかは知らないけれど祥太朗さんの知り合いならかなり上のポジションの人なのだろう。申し訳ないけど私の同期の主任とは比べものにならないくらいの。
って、ますますわたし必要なくない?
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