思い出は胸に痛い

9/13
前へ
/140ページ
次へ
それからお友達からの付き合いが始まり、夏休みになる頃にはお付き合いするようになった。 わたしは新卒だったし祥太朗さんも相変わらず忙しくてなかなか会えなかったりもしたけれど、交際は順調だった。 お互いの部屋の鍵を交換して行き来していたのが、1年経った頃には半同棲みたいな感じになり、私はほぼ毎日祥太朗さんの部屋で過ごしていた。 それまでのたまにしか会えない関係が帰る家が一緒になりいつでもお互いの存在を感じることができる間柄になった。 度々お店に忘れ物をしていたのはわたしの気を惹くためで、わざと忘れていたってことを知ってびっくりもしたけど、わたしは普段のおおらかで優しい祥太朗さんのことをどんどん好きになっていった。 早起きが苦手なところも寝癖がつきやすい髪もブロッコリーとタコが苦手なところも全部全部好きだった。 年齢差が4つあったせいか大きな喧嘩もなく、勿論金銭や女性関係などのトラブルはなく二人で過ごす時間はただただ平穏だった。 だけど、それは二人で過ごす時間が表面上穏やかなだっただけだった。 誰しも悩みは抱えるし生きていく以上いろいろなことがある。 仕事だったり、お互いの家族のことだったり、他にも人によっては健康だったり友人関係などなどーーー 私たちも例外ではなく、わたしもそして彼もお互いに言えないことを抱えていた。 わたしは就活を頑張り何とか滑り込むようにして入社した大手商社の仕事に次第に辛さを感じはじめていて、これが自分に合っている仕事なのかがわからなくなっていた。 でもだからといって退職することは自分にも周囲にも負けたようで抵抗があるしこんないい給料をもらえる大企業を辞めてしまったら次はどうすると将来に対する不安もあった。 そしていつの頃からか私は彼と結婚したいと思うようになっていた。 祥太朗さんの正確な収入額は知らなかったけれど、決して少なくない額を稼いでいたし年齢もアラサーに近付いている。 ずるいことにわたしは彼との結婚を言い訳に退職出来るかもと思ったのだ。 何より私たちはうまくいっていたし。 彼さえいいと言ってくれたのなら・・・・・・ 悩みながら過ごしていたある日、 祥太朗さんからいきなりの転職宣言をされ、そこで初めて彼が大企業の創業家の一族だと聞かされた。 実家から大学院を卒業後3年間だけは好きな仕事をしていいけれどその後は一族の会社に就職する約束をしていたのだという。 その約束の3年間が終わるのだそうだ。 「だから職場は変わるけど、俺は何も変わらないから心配しないで」 いつも通りの笑顔でそう言われて、優しく抱きしめられたわたしは何も言えなかった。
/140ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2742人が本棚に入れています
本棚に追加