2254人が本棚に入れています
本棚に追加
/112ページ
「今さらって思うだろうけど、あの時の話をしたくてさ」
「ね、何度も連絡してきたのはその話をしたかったから?それって今のわたしに必要あること?」
つい口調が荒くなってしまったのは勘弁して欲しい。
ほんと、今さらなの。
聞いてどうなるって感じ。
ただ私の心の傷を抉られるだけじゃないんだろうか。
「伊都を傷つけたことは自覚してる。ごめん。今さらだけど、本当にすまなかった」
ちょっとだけ私の声が震えてしまったのを気づいたらしい祥太朗さんが瞳を伏せそのまま頭を下げた。
そうして目の前でつむじが見えるほど頭を下げる祥太朗さんに腹が立ってくる。
「なんで謝るの。今さら謝る必要ある?とっくの昔に、ずーっと過去の話に、もう接点なくなったのにわざわざ連絡してまで・・・こっちは忘れたいって思ってるのに、わざわざ」
言いながら更にムカムカとする。
「ほんとわざわざ思い出させて・・・辛い記憶掘り起こしてくれちゃって。いったい何様のつもり」
怒りにまかせて強い言葉をぶつけた。
謝罪は必要としていない。
謝ってもらったってそれが何になる。
「そんなの自己満足なだけでしょっ・・・」
再び私の声が震えた。
強く握りしめた拳も震えている。
「すまない・・・・・・」
「だから、そういうのやめてって言ってるじゃない」
お腹の底からどす黒い何かが湧き出してきそうだった。
すぱんっと切り捨てられた思い出したくもない悲しい記憶。
祥太朗さんは謝罪したら気が済むのかもしれないけれど、私はどうなるの。
どうにもならないどころか傷口に塩を塗られてハイさようなら?
「まず謝らないと先に進めないだろ。あの時伊都のこと突き放した俺は酷かった。それは認める。でも、あの時ああでもしないと伊都は自分の人生放り出すと思って。あのままだったらきっともっと二人とも後悔することになると思ったんだ」
どのみち別れることになっていたと思うと言われてまた唇を噛みしめた。
「あの頃伊都が思い悩んでたことは気がついてたよ。でも、何度聞いても大丈夫だって言うだけで相談してもらえなかったな。それは俺のせいでも伊都のプライドの問題だってこともわかってた。だから様子を見るのがいいと思ってたけれど、俺の海外赴任が決まってーーーー」
「もうやめて」
聞いているのが辛くて耳を塞ごうとしてもその手をつかまれる。
黒歴史を掘り返され更に抉るようなことを言われて傷つかないとでも思うのか。
「ごめん、聞いてくれ」
「いやよ。どうして今さらそんなこと言うの。私が仕事から逃げようとしてたこと気がついてて。それわかってて知らないふりして。それで呆れて面倒くさくなって捨てたんでしょ」
私の結婚したい気持ちに気がついて逃げ出したって言ってるのも同然だ。
「違う、違うから。違うんだ。頼むから落ち着いて聞けって」
やめて欲しいと振り払おうとしてもしっかりと握られてしまった腕は離れない。
「伊都が・・・・・・伊都が後悔しない生き方をしないと、あのまま待たせていたとしても連れて行ったとしてもきっと俺たちはうまくいかなかった。俺はいい年をしていたけれど親のあの会社じゃあ新入社員で、しかも社長の息子だからと周りの目は厳しい。海外赴任中も自分のことで手一杯で伊都を思いやることもできなかったと思う。
それに、そんな状態で伊都も会社を辞めたら絶対後悔していたはずだ。業務に必要なスキルをって語学に資格にって伊都はあんなに頑張っていたじゃないか。自分で決めた転職でもなく、将来の見えない男の転勤をきっかけに会社を辞めるような選択はして欲しくなかったんだ」
そう言う祥太朗さんの目は真剣で、自分勝手な謝罪をしている人のようには見えない。
どうして、
何でそんなこと言うの。
何でそんな顔してるの。
最初のコメントを投稿しよう!