祥太朗さんというひと

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彼の言っていることがよくわからない。 「・・・・・・伊都が頑張り屋なのは知ってる。それが壁にぶつかってもがいて苦しんでいたのにも気がついてた。それを俺に相談できないことも」 やっぱり気がついてたの・・・・・・ だったらやっぱりそんな私のことが鬱陶しくなったってことなんだろう。 あの頃の私は自分で思い出してみても恥ずかしい程独りよがりだった。 「俺はあの時伊都に酷い言い方をして突き放した。ああでも言わないと伊都だけじゃなくて俺の気持ちも残ってしまうから」 「・・・・・・」 「これだけは信じて欲しい。あの頃の俺は伊都との将来を考えてなかったわけじゃなかった。とりあえず遠距離交際にはなるけれど、海外赴任が長くなるようなら伊都を赴任地に呼び寄せることも考えてた。でも伊都の様子を見てムリだと思った。このままじゃどっちもダメになるってーーー」 それから祥太朗さんはあの頃考えてたことを丁寧に話してくれた。 私を突き放したのは自分の為であり私のためだったのだ。 「待っていて欲しいって言えば伊都は待っていてくれただろう。だけどいつ戻れるのかもわからない、しかも俺自身が親の会社で使い物になるかどうかもわからない不安定な状況で俺は自分のことで手いっぱいだった。待たせていてもきっと不安にさせたし、不満もたまっただろう。そうでなくても伊都も自分の仕事に自信が無くなって辞めたいと思ってたし。・・・・・・手放したくはなかったけれどああすることが伊都の将来のためにはいいと思った。後悔をして欲しくなかった。退職するのも転職するのも伊都が自分で決めて自分で選んでいくべきだって」 「それは祥太朗さん自身が職業を自由に選択ができなかったから?」 「それもある」 祥太朗さんは小さく頷いた。 「俺は親の会社に入ることが初めから決められていた。それは理解していたし納得もしていた。猶予期間で友人と興した会社は頑張れば頑張るだけうまくいったし親の会社に入っても大丈夫だって思ってた。・・・・・・でもここはそんな甘いところじゃなかった。生き馬の目を抜く世界で一瞬の判断ミスが命取りにもなる。実際毎日ヒリつくような環境にいて、自分のことだけで精一杯だった。正直あの頃はそんな精神状態で伊都のサポートまでしてやれる自信はなかった。そんな器の小さな男だと伊都にがっかりされるのも嫌で俺自身も伊都に弱音を吐けなかったな・・・・・・」 知らなかった祥太朗さんの苦悩に動揺した。 転職してからの祥太朗さんは生き生きとしていたように見えたのは私の気のせいだったってこと? 祥太朗さんは祥太朗さんで苦しんでいたの? それなのに私は自分のことばっかりで、結婚してくれないとか現状から逃げ出したいとか祥太朗さんは楽しそうでいいなとか。 祥太朗さんが苦しんでたなんてちっとも気がつかなかった・・・・・・ 「後悔しない生き方なんて自分が選択するものだって思い込んでたってのもある。何も話さずに勝手に決めてすまなかった」 そうしてもう一度祥太朗さんは私に頭を下げた。
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