祥太朗さんというひと

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「わたし何も知らなかった・・・・・・祥太朗さんがそんなに大変だったなんて」 「言えなかったし、隠してたからね。伊都の前では年上の頼れる男でいたかったよ。くだらない男のプライドだ」 私の知らない祥太朗さんの痛みを堪えるような表情に驚いて言葉を飲み込んだ。 祥太朗さんははぁっと息を吐くと片手でくしゃくしゃっと髪をかき乱す。 「まさか再会できるとは思わなかったんだ。帰国しても探しちゃいけないと我慢してたのに・・・・・・まさか目の前に伊都が現われるなんて、本当に夢かと思った」 綺麗にセットされていた髪が乱れて有名企業の氷室専務の姿じゃなくて素の祥太朗さんの姿を見たような気持ちになり更に動揺する。 「ああ、くそっ、うまく言えない」 祥太朗さんは舌打ちしながら今度は両手で髪をかき乱すと頭を抱えたまま俯いた。 そんなことを言われてそんな姿まで見せられてしまうとここに来るまでに言いたかった祥太朗さんへの文句や暴言が胸の奥に引っかかって喉元に上がってこない。 傷ついて言いたいこともたくさんあったはずなのに祥太朗さんの話を聞いた後では何をどう言っていいのかわからなくなっていた。 祥太朗さんも大変だったのだ。 なのに私はあの頃の祥太朗さんに対して抱いていた気持ちは彼を重荷にさせることばかりで・・・・・・そりゃあ嫌になるだろう。 ああ言わないと気持ちが残ってしまって私がぐだぐだと思い続けることになってしまうと思ったのだろうという判断の上だったって事もわかった。 わかったけれど、それが正しいことだったのかというと納得がいかないところもある。聞いたばかりで混乱してるってこともあるけど。 ただもう暴言を吐く気にはならなかった。 姉の出産の時にはお世話になったし、いろいろもう十分だと思う。 お礼やお返しという一連の大人の社交のゴタゴタも今日祥太朗さんと結が会ったことで一応終わったはずだ。 これで稲村家も私も氷室専務との関わりは終了。 再会してからの落ち着かない日々もこれで終わる。 いろいろ心乱されたこともあったけれど、この先連絡がなくなればいつかは忘れることができるだろう。 「えっと、どう言ったらいいのかわからないけど。なんか、ごめんなさい。私は自分のことばっかりで祥太朗さんのことが見えてなかったのはよくわかった。祥太朗さんは海外で何年も頑張ってきたんだろうね。帰国してもあの会社の専務さんなんてすごい立場の今も大変なんだろうし。うん、これからも頑張ってね。影ながら今後の活躍を応援してる」 「影ながら、ね・・・・・・」 あの時の事情と現状を理解したし、今後はノータッチでという意味で応援すると言ったのに祥太朗さんの表情は曇ったままだ。
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