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「私がイチくんについていくって言ったらなにか?」
それがどうしたと祥太朗さんに挑発的な目を向けた。
「行かないで欲しいと懇願する」
「は?」
懇願?
「懇願って意味がわからない」
「言っただろ、帰国して伊都のこと探したかったって。嫌いになって別れたわけじゃないし、あの頃将来も考えていたって。本当は離れたくなかったさ」
「ねえ、自分が何を言ってるかわかってる?今さらなの、今さら。何度でも言うけど今さら何をどうしたいの。どうにもならないでしょ」
さっきの話で祥太朗さんも私のことを気にしてくれていたことはよくわかったけれど、だからといって私たちの間にこの先があるかどうかは別問題。
私は祥太朗さんのことは忘れられないけれど、今さらどうこうなりたいとはこれっぽっちも思っていない。
これはもう私に対する嫌がらせに近いものがあるとすら思ってしまう。
「俺が伊都の信用を失ってしまったことはわかってる。あれだけのことをしたんだし。だけど、一からやり直したいって思っちゃダメか?海外にいても伊都のこと忘れられなかったのはうそじゃない」
「でも探してくれなかったじゃない!」
気がつけば思わずそう言い返していた。
思わずーーーそう、思わずだ。
祥太朗さんの目は驚きに見開かれ、私は両手で口を押さえた。
わたし、今何を言った?ーーーーー
もう少しで『待っていたのに』と続けてしまいそうだった。
「帰ります」
ハンドバッグをひっつかみ立ち上がって慌ててリビングを出て行こうとすると、「待って」と祥太朗さんに肩をつかまれる。
「今のーー」と祥太朗さんが言いかけたところで祥太朗さんのスマホが鳴り出した。
ちらりとスマホを気にするそぶりを見せたけれど、私の肩から手を離してはくれない。
「スマホ鳴ってますよ」
「いや、いい。今は伊都と話がしたい。伊都の気持ちも知りたいし」
私は話したくない。
私の大馬鹿者め。
自分の失言を呪ってしまう。
「伊都、俺のことーーー」「専務、スマホ、鳴ってますよ」
私に話しかけようとする祥太朗さんの言葉を遮った。
現にスマホはかなりしつこく鳴り続けている。
「いい、そんなことより話をしよう」
「大事な仕事関連じゃないんですか。それとも大事なひとからかも」
皮肉を込めて見上げると祥太朗さんは少し気まずげにしながら「いい」と言う。
お互いの心の中を探るように見つめ合っているとスマホは静かになり、室内に張り詰めたような静寂が戻ってきた。
「探したかったさ」
祥太朗さんの手は私の肩を掴んで離れない。
「俺の気持ちがどうこうってことじゃなくて・・・・・・俺には帰国して伊都を探す権利はないと思ってた。今の伊都の生活の邪魔をすることにもなるし昔の男が探してたなんて気持ち悪いだろ」
「・・・・・・」
無言で視線を逸らすと祥太朗さんも口を閉じた。
別に気持ち悪いと思ったわけじゃなくて、何て言ったらいいかわからなかっただけなんだけど。
「俺は伊都が許してくれるのなら、二人の関係を再構築したいと思ってる。いや、違うな。再構築じゃなくて今からはじめたい。新しい関係を作りたい」
そう言った祥太朗さんの目は真剣で、私はやっぱり何も言い返すことができない。
いや、言葉が出てこない。
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