祥太朗さんというひと

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『ーーーーーはぁ?』 それまでぼそぼそと聞こえていただけの廊下にいる祥太朗さんの声が急に大きくなり驚いてもたれていたソファーから身体を起こした。 やっぱり何かのトラブルだろうか。 『ーーーやめーーーーそんなはずーーー』 断片的に聞こえる祥太朗さんの言葉も何やら雲行きが怪しいことを示している。 今日できっちりと決着をつけようと思っていたけれど、これ以上の話し合いは無理かもしれない。 氷室専務には休日はないのかな。 そう思うと無理やり電話に出るように促してしまったのは可哀想だったのかもしれない。 祥太朗さんに寛げる時間はあるんだろうか。 実は入ったときから気になっていたこの部屋。 ホテルの部屋よりも生活感がないのだ。 無機質に置かれたソファーとテーブルに壁掛けテレビ。 ダイニングキッチンスペースにダイニングテーブルはなくここから見えるキッチン周りにあるのは冷蔵庫のみで電子レンジはおろかコーヒーメーカー等の家電もない。 本当にここに住んでいるのよね? お気に入りのコーヒーメーカーで淹れるコーヒーは大好きだったはずだし、新聞もネット派じゃなくて紙派だった。 オーディオ機器もないし本当に何もない。 とにかく物が何もない。 ミニマリストにでもなったのだろうか。 私が知っている頃の祥太朗さんはごくごく普通の二十代男性だった。 付き合う前なんて無精ひげでヨレヨレシャツの年齢不詳の怪しい人だったし。 いくら扉の中に収納されているといってもこんなに何もない部屋ってあるんだろうか。 例えばティッシュペーパーとか。 テレビを観ながら食べるクッキーやスナック菓子で汚れた手を拭うのに必要だったけれど、もうそんなことはしないのかな。 大企業の氷室専務は・・・・・・しないか。 当時日曜の午後から部屋で映画を観ることが多かった私たち。 飲み物、お菓子、膝掛け、ティッシュペーパーの四点セットは必須でお互いの膝枕でゴロゴロしながら映画を楽しんだものだった。 あの頃の祥太朗さんはもういない・・・・・・ 「ごめん、伊都」 電話を終えた祥太朗さんがリビングに戻ってきた。 やはり出掛けなくてはならなくなったそうだ。 「ここで待っててって言いたいところだけど、そういうわけにもいかないよな」 ちょっと寂しそうな顔をされるとチクリと胸が痛む。 だけど待つつもりはないから深く頷いた。 送らなくていいという私の訴えは却下され通り道だという祥太朗さんに押し切られ私は祥太朗さんの運転する車に乗せられ自分の部屋に戻ったのだった。
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