イチくんというひと

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イチくんというひと

苺狩りから1週間後、イチくんのドイツチームへの完全移籍が正式に発表された。 イチくんは新チーム合流のためすぐに出発することになるらしい。 それも本人から聞いたわけではなく報道で知っただけ。 イチくん本人からの連絡はなくて私からも特に連絡はしていない。 だからあの時の『一緒に行く?』の意味は聞けていないままだ。 出発前には身体に気をつけて頑張ってねのひと言くらいメッセージを送ろうとは思っているけど・・・・・・。 祥太朗さんからは会いたいと連絡があったけれど、それは無視している。 というのも、あの日私と話をしている途中で急に出掛けることになった理由が女優の野崎リサとのデートだったからだと雑誌社のスクープで知ったからだ。 記事によると、あれから明け方に二人が高級ホテルから出てきたところの写真が撮られていた。おまけに二人は既に野崎リサ所有のマンションで半同棲中らしい。 祥太朗さんは一般人のため写真の目のところには黒い線が入っていたけれど、知っている人が見れば一目瞭然。しかも記事にはご丁寧に有名企業の専務、スポーツの大会の表彰式に登場して一躍有名になった男性と書かれていた。 祥太朗さんの部屋に生活感がなかったことの理由がわかって納得。 生活拠点ではないのだからあんな感じだったんだろう。 そんなこんなで少なからずショックを受けメールも電話も無視することにした私はきっと悪くない。 もう祥太朗さんのことはこのまま無視の方向でいいと思う。 彼のことで昔を思い出し考えたり悩んだりするのは疲れるし、正直うんざりだ。 昼休みに会社の近くのカフェで後輩たちとランチをしていると、田口さんの奥さんから明日の夜イチくんの送別会をするからいらっしゃいというお誘いメッセージが入った。 部外者に近い私が行っていいのかと思ったけれど、参加するのは主にフットサルのメンバーだというので参加する旨をすぐに返信しておく。 夜だしアルコールが提供される場だから可哀想だけど今回昴は連れて行けない。 昴に恨まれそうだわ。 昴の唇を尖らせるしかめっ面を想像してしまいため息が漏れた。 「相原先輩、どうしたんですか」 「え?」 そうだ、いけない、ランチ中だった。 ため息をついていた私に一緒にランチをとっていた後輩の女子社員三井さんと小松さんが私に注目していた。 「最近相原先輩ちょっとおかしいですよ?ため息増えたし、スマホ画面を見て唇尖らせることが多いし。なんかあったんですか」 「えええ。わたしそんなに唇尖らせてた?」 唇を尖らせる仕草は拗ねた昴のもので・・・・・・ってもしかしてそれって叔母の私からの遺伝だった??まさかね。 私と昴はたまに似てると言われることがあるけれど、それってそういうところだったのかもしれない。 「ここ数日相原先輩がそんな顔してるとこ何回も見てる気がします」 三井さんがそう言うと小松さんもうんうんと首を縦に振っている。 無意識とはいえ、職場でそんな顔をしていたとは。 気をつけなきゃ。 「で、なんでそんな顔しなきゃならない状況になっているんですか?」 くるんとした大きな瞳を輝かせた三井さんが身を乗り出して私の顔を覗き込んでくる。隣の小松さんも目をキラキラさせて私を見つめていた。 二人とも興味津々じゃないの。 この二人の前で不用意にわかりやすい態度を取っていたことを後悔する。 この後輩二人組は恋バナが大好きなのだ。 仕事は頑張ってくれているから休憩時間に何の話をしようと問題はないのだけど、話題が自分のこととなれば問題だらけだ。
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