イチくんというひと

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「暫く前も様子がおかしいことがありましたけど、あれは妊娠中のお姉さんの体調が悪かったんですよね。今はお元気だって言ってたからそれじゃあないし」 うふふと目を細める三井さん。 なぜだかとってーも嫌な予感がする。 「先輩、実はわたしーーー」声をひそめた三井さんに更に嫌な予感がして背中がゾクッとする。 「先週見ちゃったんですよ。明治通りの交差点で高級車の助手席に座る先輩のこと。運転してたイケメンってあれ、今マスコミで話題のイケメン専務ですよね」 ぴしりと身体が固まる。 まさか、まさか、先週祥太朗さんのマンションに行ったときに見られていたのか。 「えーっと、三井さん」 とりあえず声を出してみたものの何を言っていいのかわからない。 「相原先輩、実はわたしもーーー先輩が稲川一斗選手と一緒にいるとこ見たことあります。フットサル合コンに行ったときに別のコートのベンチで二人が親しげに内緒話してるとこ見ました」 今度は小松さんが新たな爆弾を投下してくれた。 硬直して動かない私に目を輝かせた二人が迫ってくる。 「「で、どっちが本命なんですかっ」」 いや、どっちでもありませんーーーー ふるふると首を横に振るのに「そんなはずはない」と二人は納得してくれない。 私としてはそれよりフットサル合コンってなに?と聞いてみたいのだけど。 「先輩のため息の原因は女優との噂がある専務のせいかドイツに移籍しちゃうJリーガーのせいですよね」 二人の読みは外れてはいないけれど、当たりでもない。 「三角関係?もしかして四角関係?ええ?でも先輩が二股とかするタイプには見えないし~。あの専務が二股かけてたって事ですか。それともーーー」 「どっちもイケメンであることは間違いないけど、どっちも一筋縄じゃいかないって感じですよね。専務は女性の噂がいくつもあるしJリーガーは海外移籍するし」 二人は想像豊かに語りはじめる。 「あーーーーうん、ちょっとその辺にしておいて」 わざとらしいため息をついて更に盛り上がろうとしている二人を止めた。 「専務さんは今の会社の専務になる前からの知り合いで今は家族ぐるみのお付き合いをしている関係で会っただけ。稲川選手とは幼馴染みのようなものでたまに会ったりはしてるけど、男女の仲ではないのよ。全然。全く。欠片も」 「でもー先輩の様子がおかしいのと専務のスキャンダル報道、Jリーガーの移籍報道。これ全部同じタイミングなのって偶然じゃない気がするんですけどぉ」 「悪いけど、偶然よ、偶然。最近迷惑メールが多すぎて辟易してるだけ。変な態度になっていたのならごめんね。色恋の問題じゃないのよ。さ、そろそろ出よっか。午後からは次のイベントに使う資料の確認しないとね」 えー、と不服そうな二人を促して席を立つ。 「心配かけたお詫びに隣のカフェのコーヒー奢るわ。ブラック?カフェオレ?キャラメルマキアート?」 「わっ、マジですか。わたしソイラテがいいです」 「じゃあ私はミルクハニーラテで!」 きゃいきゃいとご機嫌になった二人にホッとしつつ、これからはスマホ画面の確認をするときは表情にも気をつけようと思った。
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