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「イチくんがお店出したらお客さんは女性だらけになりそうだよね」
「え、なに、それやきもち?」
イチくんがへらりと笑う。
「は。どうしてそうなるの」
「素直じゃないなあ~」
「ちょっと意味がわからないんだけど」
ムッとして焼きたてのホタテをイチくんの口に突っ込んでやった。
「あっつ。あっちーーーーーおいっ」
ヒーヒーしているイチくんを無視し放置。
焼きたての海鮮を盛ったお皿をあちこちのテーブルに運んでいく。
「お待たせしました。海鮮盛り合わせでーす」
こうしてトレイ片手にテーブルを回っていると学生時代のバイトを思い出し懐かしくてちょっと楽しい。
どこのテーブルも主役そっちのけでみんな楽しく飲み食いをしているし。
送別会といいながらもみんな平常運転らしくそれぞれ盛り上がっていた。
いいのかなと思うけど、主役のイチくんも焼きながら同じテーブルに座る先輩たちと楽しそうにわいわいとやっているからーーーいいのか。
「海鮮お持ち致しました。こちらに置いていいですか」
店主の元へもイチくんの焼いた海鮮を運んでいく。
イチくんの尊敬する先輩である彼はここの店主であると同時に今日はこの送別会の参加者でもある。でもこの人も調理が終わるまで自分が食べるヒマはなさそうだ。
店主はカウンターの前の大きな鉄板でたくさんのお好み焼きを同時進行で焼いていた。
「おー、ありがとさん。ついでにこれイチに食わしてやって。主役には特別な肉を焼いたからさ」
「あー・・・はぁーい」
海鮮のお皿の代わりに店主さんが焼いた骨付きステーキの乗ったお皿を持たされちょっと考える。
食わしてやってというのは言葉通り私が餌付けよろしくイチくんの口元まで運ぶことをいうのか、はたまたイチくんの目の前にお肉を置くだけでいいのか。
「おお、イチの分ならこれも頼むよ、お嬢さん」
今度は店主さんのお父さんにアワビのステーキのお皿を渡された。
「イチは主役だし、焼き手のご褒美だ。他の奴らに盗られんように見張ってやってくれよ。でもお嬢さんは手伝いのご褒美ってことで一緒に食べるといい」
「こっちもお願いね、お嬢さん」
今度は店主さんのお母さんからももう一皿。
イチくんが食べ損なっているであろう前菜の盛り合わせだ。
「今日くらいおとなしく食べればいいと思うんだけど、自分も焼きたいだなんてねえ」
「しばらくこの店に来ることもないだろうから好きにさせてやればいいさ。それにイチのヘラ捌きの腕はいいんだしなぁ。お嬢さんもたくさん味わうといいよ」
店主さんのご両親は自分たちの孫を見るような目でお好み焼きを焼くイチくんを見て微笑んでいる。
「向こうで頑張って欲しいわねえ。サッカー選手なんて身体一つで勝負なんだからあっちの国の食事とか心配だわ」
「そうだなあ、ドイツって主食は何だか知ってるか。米を食わないでイチは大丈夫か」
心配そうにする二人に店主が笑う。
「今どきど田舎に行くんじゃなければスーパーで日本食が買える時代なんだから心配いらないって。イチは向こうのチームでスタメン入りしてあっという間にスターになるから親父たちはそれを見守ってやればいいんだよ」
「そうだなあ。俺らはここで応援するしかないからな。帰ってきたときの居場所も必要だし」
「そうだね、帰ってきたときはイチの好きなものをたらふく食べさせてやらんと」
三人の会話を聞いて心の奥がほっこりとした。
イチくんはとても愛されている。
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