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「伊都ちゃん、戻ってくるの遅っ。腹減ったよ」
イチくんの元に戻ってみれば今日の主役が空腹に耐えかねたらしく拗ねていた。
「それなら作る手を止めて食べればいいじゃん」
「だってみんなオレのお好み焼き待ってるし」
思い切り拗ねているのだけれど、ヘラの動きは止めないところは素晴らしい。
それに確かにイチくんの作るお好み焼きは美味しい。だからみんなが待ってるというのも間違ってはいない。
間違っているのはこの子どものような大人のオトコのはずのイチくんという生き物だと思う。
・・・・・・だが今日はこの大きな子どもの送別会だ。
しかも店主さんやそのご両親から料理を託されてしまったのだから私も使命を全うしよう。
ここにはスクープを狙う記者もいないし、参加メンバーはイチくんの女性の趣味を知り尽くしているようなイチくんと親しい人ばかりだから全く毛色の違う私のことなど誤解するはずもない。
雛鳥のように口を開けているイチくんに店主さんから渡された骨付き肉を食べさせた。
「おおおー、うまいー」
数口食べただけでイチくんの機嫌は直り次々と軽快にヘラでお好み焼きをひっくり返していく。
ヘラで軽く押しつけた後ソースをかけていると手が空いたスタッフさんがこちらに手伝いに来てくれた。
スタッフさんが焼き上がったお好み焼きをお皿に乗せ他のテーブルへと運んでいくのを見て私も自分のお箸を手に取った。
鉄板に残った二つはこのテーブルの私たち四人の分だ。
イチくんがヘラで一口大にカットしてくれたお好み焼きを口に運ぶと美味しさに頬がゆるゆるに緩んでしまう。
「イチくん、天才。今日もすっごく美味しいよ」
「だろー」
自分だけ熱々できたての美味しいお好み焼きをいただくのも申し訳ないのでまだ焼いているイチくんの口にも運んでやる。
「あー、ウマイ。サッカー辞めたらオレもこの商売しよう、うん、そうしよう。秀さん、ゴンタさん出資して下さい」
「おう、いいぞ」
「ああ、決まったら連絡しろ」
先輩へのおねだりがあっさりと了承されると「やったぜ」とイチくんのテンションは更に上がることとなり、次は焼きそばを作るべく自分で調理場に食材を取りに行ってしまった。
「伊都ちゃん、あいつ単純でカワイイだろ」
「ユニフォームを脱ぐとまるでガキだ。けどボール持たせたら狼なんだぜ」
先輩二人はがははははと豪快に笑っていた。
イチくんが引退後お好み焼きのお店を始めるかどうかはともかく、先輩たちにもいじられ可愛がられているのがよくわかった。
「しかし、イチが店始めたらマジで儲かるだろうな。・・・秀、お前いくら出す?」
「出資ってより共同経営者になりたいけどなあ。もしこれが実現するんならちゃんとしたコンサル入れて・・・・・・・・・・・・」
いや、この先輩たち、マジの話をし始めちゃったよーーーー
肩を寄せ声を落としてどこのコンサルに頼むか、店はどの地域がいいかなんて始めた男二人にちょっとひいてしまったのは秘密だ。
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