思い出は胸に痛い

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そうこうしている間に観客に向け、スポンサー企業が紹介されるアナウンスが流れはじめた。 大型ビジョンに賞金や副賞のパネルと共にスーツ姿の男性たちが映し出された途端、観客席がざわめいた。 さっきの若い男性の顔がアップになり女性たちから黄色い声が上がる。 「ほら!アップで見てもめっちゃイケメン!!」 「マジ、イケメン!その上大企業の偉い人ってすごーい」 「ああ、もう他のオジサンどうでもいいからさっきのイケメンもっと映して-」 ビジョンに指をさす人、望遠レンズのカメラを向ける人、スマホのカメラを向ける人、選手そっちのけでスーツの男性に手を振る人ーーー ヒートアップしている女性サポーターたちと反対にわたしの血の気は引いていた。 嘘・・・・・・ あれ、祥太朗さんだーーーー 知らなかった、日本に戻っていたんだ。 あれから3年になるのだから帰国していてもおかしくはないのかもしれないけど・・・・・・。 そこにはわたしがクリスマス嫌いになった原因の男性が、何万人もの視線を集めて堂々と立っていた。 氷室祥太朗 私の元カレ。 あれから3年経ってるからいま彼は31才。 確かに大企業の経営者の子どもだと言っていたからあの場所にいてもおかしくはない。 その大企業の名前を私がきちんと認識していなかっただけの話。 わたしの知っている28才の祥太朗さんはもうおらず、あそこに立っているのはずいぶん洗練されて精悍になった見知らぬひと。 忘れていたわけではなかったけれど、あえて思い出したくはなかった。 22才の時に知り合って2年ほど付き合って別れた彼。 ーーーこんな偶然ってあるんだな。 二度と会うことはないと思っていたのに。 昴はMVPをとった選手を尊敬の目で見つめていて、とてもじゃないけど「もう帰ろう」だなんて言い出せる雰囲気じゃない。 グラウンド中央にある表彰台の周辺から視線をそらし、さっきまで夢中になってみていたサッカーゴールを見つめてその苦痛な時間をやり過ごした。 「伊都ちゃん、終わったよ。帰ろう」 表彰式後のメディア対応までじっくり見て満足したらしい昴がやっと席を立ち上がる。 グラウンドに視線を戻すと選手もスーツ姿のスポンサーたちもグラウンドからいなくなっていた。 ほっと息を吐いて立ち上がる。 「うん、帰ろっか。昴、帰りも私の手を繋いでね」 「いいよ。俺がいないと伊都ちゃん迷子になっちゃうもんね」 そう。 昴がいてくれてよかった。 過去は過去。 私は前を向いて歩こう。
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