思い出は胸に痛い

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「あ、伊都ちゃん、あそこだよ。ライトアップされてるし」 昴の視線の先に人が集まっているエリアが見える。 どうやらそっちの方にオリンピックのモニュメントがあるらしい。 そちらに向かおうとすると、くいっと手を引っ張られた。 「ねえ、あれさっきの人じゃない?」 あれって?と昴の顔を見ると「あれ」と昴が目の前の道路を指さす。 ガードレールの向こう側、そこにはちょうど競技場の関係者専用出入り口から警備員に誘導されて出てきた一台の高級車がいて、付近にいた人たちが車に注目していた。中には手を振っている女性もいる。 誰が乗っているのだろう。 「あの車に乗ってる人ってみんながキャーキャー言ってたお偉いさんじゃない?」 キャーキャー言ってたお偉いさんって・・・・・・。 目をこらして見つめると、 白い手袋をしたドライバーが運転する高級車の後部座席に乗っていたのはーーーーやはり祥太朗さんだった。 スモークガラスではない車内の様子はよく見えた。目の前の道路が渋滞しているため彼を乗せた高級車もその場で停車している。 スマートフォンを操作していて俯いているけれど、その横顔は見間違いしようもない。 すっかり成熟し洗練された大人の男性になっていたけれど、あれは祥太朗さんだ。 「あ、ねえ、あれさっきの人じゃない?」 「ホントだー!」 背後で若い女の子たちの声が聞こえる。 彼女たちも祥太朗さんに気が付いたらしい。それからあっという間に周囲に人が集まってきた。 「行こう、昴」 こんなところでニアミスするとは思わなかった。 再会は望んでいない。 万が一とはいえ、こちらに気が付かれるのは嫌だ。 昴の手を引っ張ってこの場を離れようとすると 「あれ、伊都ちゃんどうしたの?伊都ちゃんの好きなイケメンだよ。女子はみんなキャーキャー言ってたじゃん」 と不思議そうに聞かれる。 「タイプじゃない」 「ええ??」 嘘です。わたしのタイプのど真ん中です。 甥っ子に嘘をつく胸の痛みを感じつつも逃げ出すように歩き出した。 背後で聞こえるざわめきを無視するように昴の手を引っ張りモニュメントに向かった。 イケメン好きは否定できないけど、それは今の祥太朗さんのことじゃない。
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