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39.卵は温めた親に似る?
卵を転がし、毎日温める。単純な作業のようだが、とても大変だった。うっかり潰さないよう力加減が必要だし、転がした際に巣から落ちたら危険だ。割れやすく自分で身を守れない生き物……ガブリエルは慎重に卵を抱え直した。
先代魔王ナベルスの足元で甘えていた時は、幼竜は弱者だった。父の知識と魔力を吸収し、一気に強者へと駆け上がる。その過程には苦しみや痛みが待っており、ようやく得た地位だった。
事情を知るナベルスの側近達は、ガブリエルを守ることに注力する。幼く感受性の高いガブリエルの心が、これ以上傷付かないように。すでに刻まれた傷がもう痛まないように。魔族の宝である子竜を守ることが、彼らの生きる意味となっていた。
主君を守れず生き残った彼らは、後を追うことも考えた。だがそれでは、命懸けで逃がした魔王ナベルスの心を無にする。ただ生き残って恥を晒すなど耐えられない。獣人族の長バラムがそう叫んだ時、魔神は神託のようにガブリエルの存在を知らせた。
幼竜でありながら、魔神の庇護と名を授かった希望だ。魔族が立ち上がるために必要な子だと、魔神が示した。この子を支えて復讐を果たし、死ぬのはそれからでも遅くないのでは? バラムのそんな考えに、デカラビアも賛同した。
面倒な露払いくらい、自分達でも出来る。魔族を纏め、魔神が愛した子竜を守り、いつか命尽きてナベルス陛下に再会した時に誇れるよう。それが今の側近達の願いだった。
「おっと」
転がった卵を慌てて掴み、ほっと息を吐くガブリエルを微笑ましく思いながら見守る。手助けは最低限にして、可能な限りガブリエルに任せた。あの卵が何の子であっても、魔王の側近達にとって救世主だ。せっせと食料を運びながら、バラムは頬を緩める。
「どんな具合だ?」
砕けた口調で尋ねれば、ガブリエルは「うーん」と唸った。卵なので外から見ても変化が分かりにくい。初めての卵の孵化なら尚更だった。火竜の雌がときどき確認するが、孵るのはまだ先らしい。そんな話をしながら、ガブリエルは卵を覗き込んだ。
やや黄色が入った白色の卵、じっくり確認すると模様が入っている。細い線の部分が黄色なので、白い卵に色がついたように見えた。長寿で知識が豊富なデカラビアはもちろん、ガブリエルが吸収した父の知識にもない。不思議な卵は種族不明のままだった。
「元気だと思う」
「まあ、卵のご機嫌なんざ分からねえもんな」
からりと明るく笑ったバラムは、ガブリエルの背中をバンバンと叩いた。痛みはない。ただ同族を含めて、こういった交流がなかったガブリエルは目を見開いた。それから少しだけ、口元を緩める。溢れた表情の欠片に気づき、バラムは忙しなく瞬いた。
「魔王様そっくりの幼竜が出てくるかもしんねぇ」
「竜ではなさそうだが」
「外見じゃなくて、中身さ」
温める親に似るらしいぞ。脅すように囁き、バラムは離れた。このまま近くにいると泣きそうだ。友人達と遊びながら交流して覚える、その時間すら奪われたガブリエルに涙を見せたくなかった。
「中身が、似る……」
繰り返したガブリエルは、こてりと首を傾げて考え込んだ。この子も復讐したがるのか? オレに似るのは困るな。不安が湧き起こるものの、結局、そのまま温め続けた。
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