01.奪われたものが大きすぎた

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01.奪われたものが大きすぎた

 魔王城は半壊状態だった。勇者一行と戦った青竜がぐらりと倒れる。その巨体は倒れるついでに、勇者率いる軍の半数を道連れにした。死してなお、魔王への貢献を忘れない。  勇者は顔を上げ、頬に流れた涙を乱暴に拭った。壊れた魔王城の一角、玉座の間へ続く瓦礫を駆け上がる。その右手には剣が握られ、左腕は槍を掴んでいた。 「滅びろ、魔王!」  叫ぶ声に悲鳴が上がる。逃げ惑う魔族は、次々と転移した。魔王の魔力を纏い、彼らは安全な地域まで避難させられる。残って魔王の盾になりたいと願った狼獣人も、最期はご一緒したいと願った淫魔の侍女も。  例外なく強制転移させられた。玉座の間で、崩れかけた椅子の前に立つのは、当代の魔王ナベルスのみ。その背後で、小さな魔物が震えていた。黒い鱗を持つ、幼い竜だ。勇者軍を道連れに息絶えた青竜の子だった。唯一の肉親を殺された子竜は、大切な魔王の側を離れない。  魔王ナベルスは一歩も退かなかった。浴びせられる剣戟に傷ついた体で、攻撃魔法に焼け爛れた顔で……ちらりとカーテンの陰を見やる。まだ無事な左半面の口角を持ち上げ、笑みを作った。  ぎこちなくナベルスの唇が動く。そなたは生きろ――それは魔王の最期の言葉だった。  やめて! 殺さないで!! 魔族にとって大切な人なんだ。叫んだ声は届かない。爆音にかき消され、散ってしまった。煙と塵が収まって、そこに立つ黒い人影にほっとする。子竜は柔らかい足裏が傷つくのも気にせず、駆け寄った。  くーん? 鼻を鳴らして呼ぶが返事はない。いつもなら膝をついて子竜を抱き上げる魔王は、一切反応しなかった。 「魔王を倒したぞ!」  勇者の声で、同行した人間達が喜びの声をあげる。何を言っているんだろう。魔王様は倒れてなんかいない。子竜はそっと足に頬を寄せる。ざらりとした黒い粉が付いた。  よく分からない。子竜はその場に伏せた。きっと勇者が帰るまで、魔王様は動かない。だからここで待っていればいい。あいつらが引き上げれば、魔王様はいつも通り抱っこしてくれるはずだ。そう信じて隠れた。  魔王の剣や装飾品が奪われても、瓦礫の陰で我慢する。もっと素敵な装飾品を探そう。こないだ光った石を見つけたっけ。あれをプレゼントしたら、喜んでくれるかも。人が減ってきたタイミングを見計らい、そっと離れる。  振り返れば、魔王の真っ黒な姿があった。大丈夫、すぐ戻るからね。子竜は走り出した。まだ幼く翼は飛ぶ力がない。足がズキズキ痛む。でも止まる気はなかった。血が流れて走れなくなる頃、光る石を発見した場所に辿り着く。ぺたんと座ったら、痛みで動けなくなった。  足の裏に何か刺さっている。それを噛んで抜いた。血が溢れて慌てて舐めとる。発見した石はきらきらと光を放っていた。疲れて、光る石を抱くように丸まる。少しだけ休んだら、また走ろう。ナベルス様の好きなピンクの花も摘まないと。 「魔王様……すぐ帰るからね」  そう声に出して決意を表明し、子竜は眠りについた。幼い体躯はところどころ煤けて、足は血で濡れている。帰って魔王に褒められる夢を見ているのか、幸せそうな顔だった。  ――ああ、なんて哀れなのか。嘆く神は、美しい指先を伸ばした。子竜の頬に触れ、最期の一息まで民を守った王の名残りを受け取る。 『そなたに名を与えよう。我が『・・・』、ガブリエル』  その響きは世界に刻まれる。だが、すべて聞き取れた者はいなかった。  数年後、立派に成長した黒竜は復讐を掲げる。大切な人を殺した勇者を滅ぼすために、魔族を率いる立場を得た。圧倒的な強さで魔族の頂点まで駆け上がった竜は、大きな翼を広げて宣言する。 「必ず、仇を取る!」  どんな理由があろうと、誰が悲しもうと関係ない。これはオレの復讐だ! 咆哮をあげる黒竜に呼応するように、彼に従う魔族が高らかに声を張り上げる。 「勇者に死を、新たな魔王に勝利を!!」
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