10.使い終わった道具は捨てる

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10.使い終わった道具は捨てる

 魔王が強くて負け続けた時期は、とにかく強さを求めた。圧倒的な強さで魔族を押し返し、魔王の影を払ってくれる勇者が欲しい。神託が降りた時、どれだけ安堵したか。  ――この者が勇者である。この者を助け、人族の尊厳を守れ。  神の言葉は神殿を通して伝えられ、王は歓喜した。これで魔族に対して、有効なカードを得た。しばらく育てねばならぬが、魔王に有効な攻撃を加えられる。反撃し、奪われた領地を取り戻せるはずだ。  兵を募って戦わせた。勇者が鼓舞する軍は徐々に洗練され、命令系統が統一されていく。この頃からだ。恐怖を覚えたのは……もし、勇者が王の座を狙ったら? どうやって阻めばいい。  今のうちに危険な芽を摘みたいが、魔王と戦って勝利できるのは勇者だけ。ぐっと堪えて待った。数多の犠牲を出しながらも、勇者率いる兵は魔王城を突き崩した。黒髪に両ツノを持つ魔王は死に、城から戦利品が運び出される。その中に魔王愛用の剣があったのは……聞いていなかった。  旅立つ時はまだ幼さの残る若者だったが、戻った勇者は一人前の戦士の顔だ。爵位と金を与えて飼い殺そうと考えた。同行した神官は神殿に引き上げ、神に祈りを捧げる日々を送っている。金を受け取った魔法使いエイベルは、すぐ堕落した。  女遊びに夢中になり、魔法を使うことも減る。すぐに殺す必要はない。ある程度評判を落としてから、潰せばいいのだ。こういった謀は王侯貴族の得意技だった。同じように勇者も堕落するだろう。そう願ったというのに、彼は金を違う方向へ使った。  戦いに巻き込まれた孤児を集め、教育を施し生活の面倒を見る。もらった金のほとんどを注ぎ込む姿に、周囲の評価は高まった。一部の貴族が協力を申し出る。ここで出遅れるわけにいかず、王家も孤児院に寄付をした。  これが勇者の評判をさらに高める。このままでは足元が揺らぐと、宰相や騎士団長が心配した。当然だ、そんなことは前から分かっている。だが英雄である勇者を簡単に処分することはできず、評判が高まった今、手が出しづらい状況だった。  良い策はないか。こちらに被害が及ばぬ方法だ。勇者が偽善者で、何らかの落ち度がある状況が望ましい。勇者を惜しみながらも、仕方なく処分する……その形を願い続けた。街で偽者に横暴な振る舞いをさせたり、勇者の失敗だと言い回って兵を辺境へ派遣した。  国民は英雄に熱狂するが、冷めやすい。わっと盛り上がる期間は短く、すぐに日常の生活に戻って冷静になった。その熱しやすく冷めやすい性質を利用すれば良い。勇者が担がれた時は評価して褒美を与え、彼らの悪評が広まったところで叩きのめす。  勇者一行が向かう先々で、魔族が暴れていた。領主達には、勇者を丁重に持て成すよう伝える。いや、命じた。到着が遅れる分、被害が広がる。これで勇者の評判は地に落ちるはず。  窓の外を見ながら、王は口元を緩める。窓の外を飛ぶ一羽の鳥が落下する姿を想像しながら。失われた権威が復活する夢を見た。
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