13.誰かの策略かもしれない

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13.誰かの策略かもしれない

「最近、扱いが悪くねえか?」  魔法使いエイベルが、ぼそっと呟いた。言われるまでもなく、同じ感想を抱いている勇者ゼルクはベッドに寝転がった。今までは貴族用の豪華な部屋を使えたが、最近は使用人部屋のような狭い場所だ。それも屋敷の端、一番外側だった。  食事やベッドも質が落ちた。かつては孤児であり、どん底の生活を味わった二人だが、一度肥えた舌は簡単に戻らない。柔らかなベッドが恋しいと溜め息を吐けば、硬いベッドがぎしっと軋んだ音を返した。  勇者は人族の希望である。国王陛下が宣言してから、各貴族は自領を通る勇者一行をもてなしてきた。国を守り最前線で戦う騎士のような、豪華な待遇を約束された。当たり前になった待遇が、徐々に悪化している。 「魔王を倒して安心したんだろう」  脅威が去ったから、連中は弛んでるんだ。それでも新しい魔王が出てきたんだから、また待遇は改善される。ゼルクは確信なく、そう続けた。いつもここで終わる話が、今日は続けられた。 「気づいてるか? 街ですれ違う連中の目が冷たいんだ」  エイベルは不安を次々と口にする。その変化はゼルクも気づいていた。  うっとりと憧れの目を向けた少女達は、僕達を見て隠れる。目を輝かせて見惚れた子ども達は、両親に急かされて背を向けた。大人達はもっと顕著で露骨だ。今まで媚びていたのが嘘のように、僕達の存在を無視する。 「っ! 何が起きているんだ」  吐き捨てたゼルクの耳に、エイベルは聞き齧った情報を聞かせた。 「魔王は死んでない。俺らは嘘をついて国と民を騙した罪人なんだとさ」 「……は?」  何を言っている。そんなゼルクの声に、エイベルは歌を口遊(くちずさ)んだ。街中で聞いた歌だ。吟遊詩人が広める禍歌を、彼は淡々と聴かせる。何度も繰り返し、韻を踏んだ音階が口から溢れた。 「呪文みたいだ」  ゼルクは眉を寄せ、むすっとした口調で指摘する。魔法に関して素人だが、勇者の指摘にエイベルは飛び起きた。寝転がったせいで跳ねた髪を乱暴にかき上げる。 「呪文……もしかして魔族が?」 「エイベル、本当に呪文なら人族だぞ」  魔族は魔法陣を使うことはあるが、呪文は使用しない。生まれながらに強大な魔力を練り使用する彼らは、発動に特別な形式を必要としなかった。安全性を重視する魔法や、制御が難しい場合のみ、魔法陣を使う。  呪文を使って人々を操るとしたら、それは人族の仕業であるはずだ。ここでゼルクは一つ思い出した。勇者として凱旋した自分に注がれた、国王の冷たい視線を――。 「僕達の新しい敵は、魔族じゃない。この国の王だ」 「呪文を使って俺らを追い込もうって肚か。恩を仇で返しやがって!」  エイベルは怒りを大声で吐き捨てる。その口を、ゼルクの手が覆った。 「監視されている可能性がある。静かにしろ……王都へ戻って確かめよう」  仲間として同行した神官に連絡を取ることに決め、二人は硬いベッドで目を閉じた。王が勇者を嫌っているのか、誰か側近に嘘を流し込まれて信じたのか。どちらにしろ、謁見の権利はあり、王には応じる義務がある。それが勇者の地位だった。  寝心地の悪さに何度も向きを変え、明け方まで浅い眠りを繰り返す。野宿より気持ちも体も疲れて目覚めた。
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