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19.報復はより残酷な色を好む
阿鼻叫喚、地獄絵図を目の当たりにした人族は、唯一残る北の街に逃げ込んだ。都は壊滅状態で周囲の街も滅ぼされている。だが北の街はそこまで大きくなかった。すぐに食料や生活必需品が枯渇し、住民達は街を捨てる。
逃げる方角は南、そちらには王都があった。国王が住まう城のある方角を目指したのは、もっとも安全と判断したからだ。人族の領域であり、最強の軍に守られる土地。合理的な判断だった。
「よろしいのですか?」
尋ねる吸血種の長に、ガブリエルは頷く。小高い丘に寝そべり、逃げていく人族を眺めていた。
「追う必要はない」
「ですが……」
出来れば殺してしまいたい。そんな怒りを滲ませるデカラビアに、ガブリエルは丁寧な説明を始めた。吸血種は大事な戦力だ。夜の闇に紛れれば圧倒的な強さを誇り、何人も魔王を輩出した種族だった。
勝手に暴走されても困る。デカラビアが怒りを露わにする理由の一つに、彼の妹の存在があった。美しい外見を持つ吸血種は、森人と同じように人族の欲の対象となる。血を求めて人前に姿を現すことも多かった。
デカラビアの妹は歳が離れており、まだ幼い外見をしていた。だが黒髪の美しい少女で、捕まって残虐な殺され方をする。穢された報復に魔力を放った彼女は、火炙りにされたのだ。貴族のバカ息子はケガを負ったが、罪に問われなかった。
その後、先代魔王ナベルスの戦いにおいて長である叔父が倒れた。吸血種は魔力量もさることながら、その血筋を大切にする。残された直系であるデカラビアは、常に家族の仇を討つ機会を狙っていた。
「あの虫共は各地へ散る。王都を目指す者が多いだろうが、全員を受け入れることはないだろう」
貴族ならともかく、平民は追い払われる。王都へ辿り着くまでに何割が死ぬのか。食料もなく着の身着のままで逃げた者は、途中の村や街で何を行う? 金を持っている奴などごく少数だ。略奪が始まり、人族は内部分裂する。
同じ種族同士で殺し合い、奪い合って滅びるはずだ。貴族を迎えた王都も同じだった。周囲の街や都は、王都の食料や生活を支えている。布、木材、金属、鉱石、家畜に至るまで。すべては周辺で賄われてきた。
王都を魔族が包囲し、完全に孤立させたら何が起きるか。
「暴徒が王を襲う?」
「ああ」
金のある王侯貴族は、まともな生活を続けるだろう。その話が民に浸透した時、平民は貴族を襲撃するはずだ。退けようと罰すれば、平民の不満が爆発する。
「そこで攻撃を?」
「いや、崩壊を外から楽しむ。人族は我らと違い、病にかかりやすいそうだ。食べ物が足りなくなり、衛生状況が悪くなれば……じわじわと破滅する」
「勇者が戻ってくる危険性はありませんか?」
ガブリエルは鋭い歯を見せつけるように、にやりと笑った。
「俺は奴が帰ってくるのを待っているんだ」
その方が……より残酷に仕上げられるのだから。
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