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22.大きく命運を分ける決断
勇者と魔法使いの到着が、交易都市セルザムの命運を分けた。といっても、多少寿命が伸びた程度の話だ。魔族の侵略がよその都市へ向いたことで、領主は胸を撫で下ろした。
魔王は以前に話し合いと称し、勇者との戦いを避けたと聞く。きっと勇者には、何か特別な力が授けられているのだ。領主は笑顔で二人を持て成した。彼らを逃すと、魔族が襲ってくるかもしれない。
魔王を本当に倒したと思っていないが、勇者達が魔族への牽制として役立つと認識した。長く逗留してもらえば、自領を守れる。王都は軍を集めて守備能力を強化していた。同じ手法が取れない地方都市にとって、勇者の世話で同じ効果が得られるなら安いものだ。
ご機嫌の領主に、ゼルクは淡々と切り出した。
「大変お世話になりました。明日、出立します」
「へ?」
間抜けな声が漏れ、皿の上にフォークが落ちる。半熟卵の黄身に直撃し、白いテーブルクロスにシミを作った。だが、領主はそんなこと気づきもしない。今、出ていくと言ったのか? 重要な発言を噛み砕いて理解し、慌てて引き留めにかかった。
「まさか、王都へ向かうのですか? まだ王宮との話し合いがついておりません。危険です」
王都へ向かわれたら、この交易都市セルザムが襲撃される。震える声で説得にかかる。しかし、ゼルクとメイベルは首を横に振った。
「話し合いがつかないのは、僕達が出向かないからでしょう。魔王を倒した証拠を示せば、終わる話ですから」
「ええっと、そうだ。馬や服など、旅に必要な物を用意しましょう。ですから」
もう少し滞在しろ。言葉を尽くして引き止める領主に、二人は顔を見合わせた。何か裏がありそうだ。単に抑止力として引き留められたとは思わず、芽生えた不審感が囁く。危険だから離脱しろ、と。
「有難いですが、急ぎますので」
丁重に断られ、領主は青ざめて震える。食事どころではなかった。
逃げる支度を……そうだ! いっそ王都まで逃げ込もう。その際の護衛を頼んだらどうか。目的地は同じなのだし、我々と同行することで、勇者達にも利益がある。
新しい提案に、ゼルクは渋い顔をした。馬車が一緒では足が遅い。しかしメイベルは別の点に注目した。領主一行が一緒なら、検問も形ばかりだ。街道を通って安全に王都まで行ける上、衣食住の心配がない。こそっと耳打ちし、ゼルクは決断した。
「分かりました。ご一緒しましょう」
この決断は、最悪の結末を招き寄せるキッカケとなった。別々に動くことを選んでいたら、この地に滞在していたら……? もしもが通用しない一方通行の流れに従い、世界は進路を定めた。
滅びる者は滅びるべくして、己で道を選ぶ。「あの時、こうしていたら」は、生き残った者だけが口にできる特権だった。
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