24.あの日の後悔を噛み締める

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24.あの日の後悔を噛み締める

 勇者が領主達と旅立った。その一報を受けて、魔族は森へ引き上げる。途中で襲う愚を犯さないために、全員一緒に森の奥へ帰った。  無事に戻った夫や息子、兄弟に留守番だった者が集まる。生きていてよかった、ケガをしていないか。無事を喜びながら、土産話に頬を緩める。吸血種も獣人も翼の有無も関係なかった。歓喜に満ちた人々に背を向け、ガブリエルは魔王城の庭に降り立った。  修復に着手しない城は、半壊したまま。あの当時の姿より、さらに崩れていた。倒れた父の体は、多くの人族を道連れにした。軍の大半を巨体で押し潰し、敬愛する主君を見上げて死んだ。  正直、羨ましいと思う。ガブリエルは父より小さな体を、同じ位置に横たえる。まだ足りない。手足の大きさも重量も強さも……到底及ばないと笑った。乾いた笑みで身を起こし、斜め上に首を向ける。  玉座の間、魔王ナベルスがオレを守った場所。あの時、オレだけ転移しなかった。側近だった狼獣人のバラムは、抗っても強制的に飛ばされたと嘆く。あの時、一緒に行きたかったのだと。オレは転移を免れたのに、この世界に残ってしまった。後悔が胸を締め付ける。  ふわりと舞い上がり、謁見の間に降り立った。今にも崩れそうだが、瓦礫が崩れれば、魔法陣が作動する。父から得た知識で、一番最初に作った魔法陣だった。この場所を保存するため、優しくて大好きだった魔王様を偲ぶため。  ガブリエルは常に魔力の一部を、この魔法陣に繋いでいる。あの日と違うのは、宝石や金銀を剥がされた玉座に、黒い人影が座していること。その足元に近づき、ガブリエルは深く頭を下げた。 「ナベルス、さま……」  声が震える。大切な人の名を口にするだけで、涙が溢れた。何が悲しいのか、もう分からないほど泣いた。枯れるほど泣いたのに、あの人の名前一つでまた感情が溢れる。 「オレはあなたと父上の仇を討ちます」  だから、戦う俺を許してほしい。戻ったら褒めてほしい。無理を承知で願ってしまう。何も理解できなかったあの日、失われたことすら知らずに離れた。敗者となった魔王を貶めるように、勇者は遺体を倒したらしい。  魔王の座に就いて、最初にこの場所を復元したのは……ガブリエルの心の拠り所だからだ。倒れて割れた遺体を丁寧に集め、魔力で補強して玉座に収めた。泣きながら一つずつ拾い、口付けて復讐を誓う。遺体を辱められた悲しみが、心に刻まれた傷を膿ませる。ずくずくと痛みを発し、煮えたぎる怒りを生み出した。 「オレの感じた以上の痛みと怒りを、魔族が受けた以上の屈辱を」  必ず与えよう。 「神がそれを阻むなら……」  神も滅ぼすのみ。勇者を選び魔王を殺せと命じる神など不要だ。戦いを好まなかったあの人を、無理やり野蛮な戦場へ引き摺り出した。その対価は安くないぞ。  構築し直した魔王ナベルスの遺体の足元で、ガブリエルはあの頃より格段に成長した体を丸める。少しでも長く一緒にいたいと願いながら、目を閉じた。
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