36.後悔と離別と不思議な巡り合わせ

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36.後悔と離別と不思議な巡り合わせ

 ケンカなどしなければ良かった。エイベルは同じ村の出身だ。よく一緒に遊び、勇者の使命を授かった後も僕をサポートしてくれた。  魔法使いの素質があった彼は、その能力を戦闘のために磨いた。本当は違う方向へ才能を伸ばしていたら、エイベルは今も生きていたんじゃないか? あんな風に魔物に殺されることなく……。  逃げた先で、冷たい小川の水で手足を洗う。汚れた服も洗い、火を起こして乾かした。エイベルの死体は見つからなかった。抵抗した後もない。もしかしたら、僕を追い掛けて野営地を離れたんじゃないか? そう思うゼルクは、すぐに溜め息を吐いた。  単に眠っていて、反撃する間もなく殺された可能性もある。いくら強い魔法使いでも、呪文や魔法陣の構築は必要だった。息をするように魔法を使う魔族とは違う。ゼルクがいきなり魔族に攻撃するのは、回復役のアイシラや魔法に時間が必要なエイベルを守るためだ。  先に攻撃すれば、魔族の意識がゼルクに集中する。その間に仲間が支援の態勢を整えた。それでうまく機能していたし、実際、生き残れたのだ。今になって、魔獣に殺されるなんて。  ゼルクは絶望感に苛まれ、勇者の証である剣を引き寄せた。縋るように立てて抱き締め、鞘の模様を手のひらでなぞる。何かの文字と記号、エイベルは呪文かもしれないと言っていたっけ。 「なんで生き残ったんだ」  ぽつりと呟く。両親も同郷の仲間もいない。国王に疎まれ、命を懸けて戦ったのに民から嫌われ。誰のために戦ったのか、虚しさが込み上げた。  一粒こぼれた涙に気づいたら、次々と溢れて止まらなくなる。誰が見ているわけでもない。気が済むまで泣いて、疲れた体を横たえた。魔獣が襲ってくるかも、とか。誰かに発見されたら、とか。どうでも良かった。  首を切るなら勝手にすればいい。国王のことだ、金貨の一枚くらい払ってくれるだろう。それが誰かの糧になるなら、悪くないな。腫れた瞼を閉じ、とろとろ燃える焚き火の前で丸くなる。背中が寒い……。 「目が覚めた? 火を借りたよ」  目を開いたゼルクの前に、見知らぬ女戦士がいた。大きな体には傷が刻まれ、にやっと笑う顔は屈託がない。乾いた服を拾い上げ、さっと身に纏った。掴んでいた剣は無事で、魔王の剣も残っていた。手を触れられた形跡はない。 「食べるなら、あんたも食料を出してくれ」 「ああ、これでいいかな」  携帯していた干し肉と麦粉を取り出す。 「立派なもんだ」  豪快に笑って受け取ったが、手際よく料理していく。干し肉を短剣で裂いて煮込み、小川の水で麦粉を練った。すでに薬草と硬いパンを煮込んだ鍋に、足される。それを木の実の殻を使った容器で差し出され、ずずっと啜った。  じわりと胸が温かくなり、乾いたと思った頬を涙が伝う。 「熱かったかい?」 「いいや」  温かい飯に心が解れていく。領主の館で食べた豪華な食事では感じなかった。何かが胸を満たす。 「あんた、勇者だろ?」  どきっとした。咄嗟に剣を引き寄せると、彼女は両手を振って武器を持っていないと示す。 「驚かせて悪かったね。あたしも魔王戦に参加してたんだ。後ろの方だけど……あんたの活躍は知ってる。その後の不幸も」  そこで言葉をきり、彼女は肩をすくめた。 「民衆ってのは、忘れっぽい生き物さ。数ヶ月もすりゃ、あんたの噂も消えちまうよ」  だから気を楽にもて。そんな慰めを口にする彼女に、嫌な感じはなかった。本心からそう思っているのだろう。目が曇っていない。仲間だった戦士を思い出し、ゼルクはかつての仲間に心で別れを告げた。  今の僕が会いに行っても、迷惑を掛けるだけだ。憑き物が落ちたように、ゼルクは穏やかな気持ちで残りの汁を平らげた。
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