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40.自分で殻を割れる強い子だ
「そろそろだね」
火竜の雌はじっくり観察し、卵を何度かひっくり返した後で頷いた。孵化の時期が近い。その言葉を聞くまでに、一カ月以上が経過していた。
拾った卵の巣作りから始まり、ガブリエルの食事や水を運ぶ世話、稀に交代して温めるなど。周囲は甲斐甲斐しく手を掛けてきた。その成果が、ようやく顔を見せる。知ってしまえば、お祭り好きな魔族は黙っていられない。
あっという間に、話は魔族中に広まった。世界の半分の権利を持つ魔族だが、現時点で取り返せた領地を含め三割ほどだ。残る二割を取り戻す魔王ガブリエルが、新しい魔族を誕生させる。その話は、尾鰭背鰭がびらびら付いて膨らんだ。
孵化の瞬間に間に合わずとも、何とか卵の子に会いたい。そんな手紙を寄越したのは、巨人族の長老だった。高齢なので、こちらから出向くと返事を出す。翼手族は毎日、交互に顔を見せて卵を撫でた。卵生の種族は親近感が高いようで、竜族もよく温め役を買って出る。
「そうか、出てくるのか」
寂しいような、嬉しいような。表現のしようがない不思議な感覚に襲われた。ガブリエルは卵の表面に頬を擦り寄せる。これだけ長く守っていれば、情も湧く。孵化した後のことを考えなくてはならない。卵を転がしたガブリエルが、上に被さろうとしたとき……コツンと音が響いた。
「……卵、か?」
何かにぶつけただろうか。石などは持ち込んでいないはずだ。心配になり、卵を半回転ほどさせたガブリエルの目が見開かれた。
「大変だ、ヒビが!」
「孵化ですかい?」
「おおい、誰か火竜のブネさんを呼んでくれ」
孵化が近いと告げたブネは、食料探しに出掛けてしまった。孵化させた経験がある雌は他にもいるが、バラムは慣れた彼女を呼ぶよう伝える。承知を告げた翼手族の若者が飛び立ち、すぐに羽音が複数戻ってきた。
近所にいたのだろう。火竜のブネは滑りながら着地し、巣を覗き込む。ガブリエルが位置をずらして卵のヒビを見せると……緊迫した表情がほわりと和らいだ。
「うん、大丈夫さ。この子は強い。自分で殻を割れるから、見守ってやるだけだね」
上手にヒビが入っていると笑う彼女に、周囲はほっとした。この後はひたすら待つだけだ。当日殻を破って出てくるのは、小型の種族が多かった。種族不明の卵は、大きさだけなら竜族に近い。大型種族だとしたら三日ほど掛かるだろう。
ブネの話を聞きながら、ガブリエルは胸に何かが過ぎるのを感じた。吸収した父の感情だろうか。懐かしさと喜びとわずかの不安……自分が生まれた時、父が感じた想いだとしたら。じわじわと胸に広がる感情を、抱き締めるようにガブリエルは目を閉じる。
「卵はどうすればいい?」
「このまま見守るだけだよ。もう温めなくていいけど、近くにいてやりな。いきなり居なくなると、不安がるからね」
どんと尻を叩かれ、ガブリエルはブネの勢いに頷く。そうだな、出てくるまではオレが責任を取らないと。
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