05.魔王と呼び呼ばれるたびに痛む

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05.魔王と呼び呼ばれるたびに痛む

 あと一日早ければ……後悔が胸を染めていく。都を出るのがあと一日早く、領主の館での夕食会を辞退していたら、僕達は間に合ったのではないか?  黒く焦げた山は、触れずとも風で砕けた。炭になった死体は脆く、かろうじて形を保っていた山が崩れる。老若男女関係なく混じり、区別がつかなかった。数日前まで、普通の生活を営んでいた人達だ。勇者ゼルクは膝を突いて祈りを捧げる。  亡くなった人の魂が神の御許にたどり着けますように。ゼルクの祈りを砕くように、惨事は続いた。 「いつまで地方の集落を襲うのだ?」  狼獣人のバラムは素直に疑問を口にした。人族に大打撃を与えるなら、そろそろ大きな街や都を襲うべきだ。交通の要所や人口が集中する繁栄した街など、ターゲットは複数存在した。まだ若い魔王ガブリエルが尻込みしたとは思わないが、心配する配下の言い分も分かる。 「もっと真っすぐに言えばいい。大きな街を襲いたいんだろ?」  バラムを考えを見透かしたように、ガブリエルは問い返した。鋭い歯が並ぶドラゴンの口が大きく開く。まだ子竜だが、現存する魔族最強だった。人ならにやりと笑う場面だ。 「街を襲う前に、大事な仕事がある」  直情的な獣人族の中で、バラムは思慮深い部類に入る。考える前に動く獣人らしからぬ彼は、その特異な性格ゆえに生き残り魔王の側近になり上がった。ガブリエルの言葉に考えを巡らせる。すぐに尋ねて答えを貰おうとしなかった。 「地方であることに意味がある?」  結論までたどり着けないが、自分なりに導いた答えを口にする。 「魔族との境界に近い地域が襲われれば、人族はどこを守るか」  はっとした顔でバラムが尻尾を振る。気づいたらしい。魔族が人族を襲撃していると聞けば、勇者が出向いて来る。兵や騎士も動かすだろう。彼らの移動は馬や徒歩であり、速度が限られた。魔族とは機動力が違う。  空を飛べる種族や魔法を使って移動する魔族にとって、距離はさほど意味を成さない。最短距離で敵地に攻め込むことが可能だった。オレはさほど賢い方ではないが、父とナベルス様の戦盤遊びを知っている。真っすぐに攻め込む父は、いつもナベルス様の戦術に絡めとられた。  空の覇者である竜族の長が、あっさりと負ける。その姿はオレの中に強く印象付けられた。尊敬する父が負けたことより、あの父に勝つナベルス様の手腕に憧れる。だから学んだ。膝の上で何度も戦盤を眺め、自分ならどう動かすか。  何度も話しては褒められた。お前は賢い子だ、そう言って膝の上で甘えるオレの頭を撫でて。あの手が声がオレを高みへ導く。もう誰も奪わせない。一方的にオレが奪う番だ。 「もう少し荒らしてくっか」 「気を付けろ。何かあれば呼べ」  どこにいても駆けつける。あの人がそうしてくれたように、魔王の地位を継いだオレが守ろう。 「ああ、頼りにしてるぜ。魔王様」  オレにとっての魔王はナベルス様のみ。バラムは痛みを耐えるように顔を歪めたが、オレを魔王と呼んだ。その信頼だけは裏切りたくない。強くそう感じた。
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