50.汚い嘘にうんざりだった

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50.汚い嘘にうんざりだった

 ブレンダは緊張していた。これが国王との謁見でも、ここまで緊張しなかっただろう。魔王が代わったのは、勇者ゼルクが先代魔王を殺したから。知ってはいるが……。  黒い竜は鋭い目で、ブレンダを見下ろした。魔力溢れる金色の瞳に、感情は見受けられない。憎しみや悲しみ、痛みも綺麗に隠されていた。その脇に立つ巨人バルバドスは、黒竜が幼いためより大きく見える。黒いマント姿の吸血種デカラビアは、厳しい顔をしていた。  歓迎していないと示す彼らと向き合うブレンダの隣で、困ったとぼやく狼獣人バラムが肩を落とす。一応、ブレンダを連れてきたのは彼なので、立ち位置が普段と違うのだ。対立を煽る気はないんだが……そんな呟きが漏れた。 「人族のブレンダだ。魔王陛下の寛大さに感謝する」  丁寧な貴族の言葉なんて使えない。ブレンダは自分が可能な範囲で、敬意を示した。武器を手放し、丸腰で挨拶に臨んだのだ。人族の柔らかな体など、ドラゴンの前では一撃だろう。ここで死ぬなら、それもまた定められたこと。ブレンダはそう考えた。 「挨拶、確かに受け取った。なぜ同族に背を向ける」  問いではなかった。答えなど期待していない声で、ガブリエルは淡々としている。その足元で、今日もシュトリは脱走を試みた。這って移動した尻尾を掴まれ、魔力で浮かせて回収される。  緊迫した場面に似合わぬ、ピンクの小動物が「キュー!」と抗議の声を上げた。黒竜の足元に戻され、ぐずぐずと鼻を啜る。数日前から体調不良が続いていた。幼いせいか、熱があっても興奮状態で、あちこち歩き回ろうとする。 「つくづく嫌になったんだ」  ブレンダはそう返した。人族の権力争いも、危険が目前なのに目を逸らす連中を守ることも。もううんざりだった。助けろと大金をチラつかせ、戦いが終われば支払いをケチる。国を救うために戦っても、野蛮人だと後ろ指を差された。 「いつも騙され、真面目な奴ほど損をする。あたしは嘘は嫌いなんだよ」  同族かどうか。そんな括りではない。ただ気の合う連中と平和に暮らしていければ、それも悪くないと思った。ブレンダは最後に付け加える。 「あたしが信用できないのはわかる。だから監視をつけていいさ」  デカラビアは慎重になるべきだと進言し、バルバドスは迷った。監視なら狼がやるとバラムが名乗り出る。  武器もなく魔王の前に身を晒し、対等に口を利く人族。初めてだ、とバルバドスは困惑していた。常に卑怯な方法で、裏から攻めてくる人族しか知らない。若い巨人は決断を魔王に委ねた。 「オレが決めていいのだな? ならば、しばらく滞在するといい。嫌になればいつでも出ていけ。だが……子どもに手を出せば殺す」  即座に、その場で息の根を止める。人族にも相応の対価を払わせるぞ。と脅しも付け加えたガブリエルに対し、ブレンダは笑って頭を下げた。 「ああ、そうしてくれ。いきなり大歓迎されるなんざ、思ってもないからさ」  ガブリエルはゆっくり瞬き、再びぐずるシュトリを引き寄せた。ピンクの幼子は、ブレンダを凝視した後でへらりと笑う。垂れた鼻水を隠すように、黒竜の鱗に顔を押し付けた。間違いなく拭いたな……全員が同じ感想を抱くが、賢明なことに誰も指摘しなかった。
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