2人が本棚に入れています
本棚に追加
『ありがとうございます』
自分に向ける、その声。その瞳。
荒んだ彼の人生の中で、彼女と過ごした時間は宝石のようだった。
だが裏の者を使い続ければ、いつかは師長の後を追うことになる。顔も半分焼けて、彼女の知る『ガーゴイル』は死んだ。あの修道院との付き合いもこれまでだ。それでいい。
なのに。
遠ざけようとすればするほど、この女は暗がりへと入って行くではないか。何故だ。「奴は死んだ」と言うと大泣きした挙句、本当に死んだかこの目で確かめると言い出す始末。下手なゴロツキより面倒だ。どうすれば彼女を救える?
『なんだよこの状況はよお……』
「それに…」
修道女は俯いて、赤く染まった顔を隠した。
「私も、あの人に会いたいのです」
「え」
「自分でも何か、わかりません。ずっと忘れられないのです。神の教えより、あの人の瞳が胸を打つのです。この思いがなんなのか、あの人に会って確かめてみたいのです……」
急に足を早めた女に必死でついていきながら、元『ガーゴイル』はもう一度、心の中で絶叫した。
『なんだよこの状況はよお……‼︎』
それはきっと、かつて『ガーゴイル』として生きた頃より、かなり面倒で、少しだけ面白い世界。
(了)
最初のコメントを投稿しよう!