第3章 甘い時間

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 俺の微笑んだ顔を見て、想楽さんの眉は中心に寄り、手に持っていた煎餅はバリバリと消費されていく。数分経ってから絞り出された、「今回みたいに無茶したらだめだからね」という言葉に、「了解」と返した。  その後、想楽さんが煎餅を食べている姿を見ながら、俺はボーッと転校生くんには濁して伝えた眞白家の悲劇を思い出した。  そもそもの始まりは、数百年姿を表さなかった〖日生〗、つまり、俺が生まれたことから始まった。  俺が生まれてから1ヶ月経った頃、どこから情報が漏れたのか黒羽根陣営に眞白家に〖日生〗がいることが知られてしまい、当時の眞白家当主___両親が殺された。〖日生〗の力を得るためなのか、両親の遺体にはあらゆる実験が繰り返された痕が遺っていたらしい。  守ってくれる存在がいなくなったことに危機感を抱いた当時8歳だった実兄___眞白 優雨(ゆう)は、2人で八千代家に居候することにした。    俺は〖日生〗として身を隠すために眞白ではなく八千代の姓を与えられ、新たな名前を授けられた。  そう、俺だけが“八千代唯織”として生きることとなったのだ。  それから12年後、想楽さんの最愛の人となり、俺の大切な兄であった、眞白 優雨が生き残りとして黒羽根に殺された。  俺は小学生の卒業式が終わって春休みに入ったころだった。荷物を整え、眞白家に帰り、兄さんの遺体を見つけた。  兄さんにも黒羽根が様々な実験をしたようで、身体は外も中も傷だらけだった。  あの時の想楽さんの怒りと涙はよく覚えている。  何が何でも復讐しようと刃を研いでいた想楽さんを止め、少しだけ〖日生〗の力を使って心を落ち着かせた。悪い事をしたとは思っているけれど、ある意味力がなかった頃だからそうするしか無かった。  葬式は俺と想楽さん、八千代家と、本当に信用できると判断した兄さんの友人の10名程で行った。  そういえば、あの時も想楽さんや偲遠義兄さんだけじゃなく、義母さんや義父さんにも沢山心配をかけてしまった。  確か、あの中で1番小さかった俺が棺の横で泣きもせず喚きもしなかったからだったっけ。  生前、兄さんにずっと言われていたことがある。 『○○、よく聴け。○○の魂は、ずっと昔に名を残している日生一族のものだ。真っ白な髪も、○○の綺麗な目も、その方とそっくりだそうだ』 『だから、○○には今までの〖日生〗とは別次元の強い力が使えるようになるだろう。いいか、○○。その力の使い方を誤るな。には人やそれ以外を縛り、思いのままに操れる力がある』 『○○……ごめんな。でも、これだけは覚えておいてくれ。兄さんはお前を____』  たとえ大切な家族だったとしても、俺が故人を強く想えば想うほどその魂をこの世に留めてしまうことになる。それは、亡くなったヒトの新たな道を塞ぐことになる。  だから、唯一の肉親で大切な人である兄さんがの人として殺された時も泣くことはなかった。泣いて、名前を呼んで、想って、想って、想い続けて愛する人(兄さん)を身勝手に縛ることは嫌だった。    そこまで思い返して、さっき転校生くんに言われたことが脳裏を過ぎった。 「ねぇ、想楽義兄さん」 「ん〜?なぁに?」 「俺、何でもできる力を持ってるらしいよ」 「は?……誰かに言われたの?」 「そう」 「唯織くんはなんでも出来るわけじゃない。少し他の子よりできる範囲が広いだけ。だからそんなに気負う必要はないよ」  今でも俺が“全知全能”だと誤解されていることに想楽さんはプンスカと怒ってくれている。が、俺はやっぱり「何でもできる」と思われていた(もしくは黒羽根は今もそう思っている)ことに笑いが込み上げてくる。 「んふ、想楽義兄さんありがとうね」  〖日生〗()が何でもできるのだったら、優雨兄さんは死ぬことはなかったし、想楽さんと優雨兄さんは幸せな人生を歩んでいただろう。  もっと言えば、眞白家に俺が生まれた記憶を消して、優雨兄さんが殺される『根本的な理由(日生)』を消していた。  現実はそうはいかないけれどね。  願っても死者は戻っては来ない。やりたいように運命の舵を取ることはできない。俺ができることは、何も期待せず、名前を呼ばずにいることだけ。  甘いクッキーを口に入れて、甘い密のような過去を思い出し、自分を嘲笑した。
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