第2章 崩落と柱

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 じいやは相変わらず唯織のお世話をしたいらしく、身の回りを歩き回っている。が、唯織はカフェオレを飲みながら本題に入ることにした。その空気を読み取ったじいやは、スっと雰囲気を変えた。その変わりの早さに、じいやの後継者がビクリと身体を震わせた。   「じいや、物部悠真のこと何か分かった?」 「……唯織さま、」 「……ん?」 「物部悠真という者の履歴書は、唯織さまの睨んだ通り偽物でして、こちらが旦那様が送ってこられた物部悠真の履歴書でございます。特に父親の名前にご注目いただきたいのです」  目の前に置かれた紙から、保護者の氏名欄を探し出して見つけた。名前は物部刹那(せつな)。   「刹那ってあの……?」 「はい。あの、黒羽根 刹那(くろばね せつな)だと思われます」  八千代家は古くから伝わる由緒正しき家柄である。  今は各家の相談役としての側面が表に出ているが、本来の役割は〖日生〗を護ることである。昔は〖日生〗を護る家も数多くあったそうだが、年々数は減り、数年前から完全に八千代家だけとなっていた。  そして、〖日生〗の宿敵の1つが黒羽根家である。黒羽根家は昔から〖日生〗陣営とは敵対しており、妖術や蘇生術といった禁忌を重ねてきた。しかし、その黒羽根家も〖日生〗の出現率が減少していくとともに衰退していた。  最後に生まれたことが確認されているのが、黒羽根刹那である。しかし、20年ほど前から行方不明になっており、死亡したのではないかと言われていた。  実際は生きていて、こうして元気に物部悠真(転校生くん)を群青学園に侵入させたわけだが。   「……てことは転校生くんに言霊の力を与えたのも黒羽根か?」 「ほう。それであの毛玉は皆様を操っていたと……。力を付与することは禁忌なのですか?」 「そうだね、ニンゲンの軌道からズラす行為はやってはいけない。それに、黒羽根(ただのニンゲン)が行う他者への力の付与はかなり危険性があって成功率も低いはず。恐らく、何回も実験を繰り返したんじゃないかなぁ」 「恐ろしいですな……」    じいやはポツリとそう零して、窓の外に目を向けた。  今日はと同じように、美しい青空が広がっている。長年八千代家に仕え、黒羽根との対峙して幾多の犠牲を強いられたじいやにも思うところはあるのだろう。しかし、唯織を尊重するように銀縁の奥にある目をそっと閉じた。  一方で、ずっと黙ってじいやと唯織の動きを見ていたじいやの後継者が俺の目の前に跪いた。その目には、確かな怒りと憎しみの感情が読み取れる。   「唯織さま、黒羽根を処理いたしますか?」    その言葉に、ザワりと唯織の周囲が騒めく。  血気盛んなモノは唯織の肩にガブりと噛み付き、頭を使うことが好きなモノは唯織の頭の上に乗っかかった。その動きに反するように唯織は首を横に振った。  視界の端にいるじいやが、唯織と彼の会話に耳を澄ましているのが見える。   「……どうしてかお伺いしても宜しいですか?」 「……悪い人には、相応の処罰が下る。まだ輝いていたはずの生命を握り潰した罰は重いだろうね」 「……納得いたしました。余計なことをしてしまい申し訳ありません」 「ううん、大丈夫」    するりと、まだ青年の域からでない彼の頭を撫でる。じいやの面影を残す彼は、じいやの親族だろう。そして彼の肩には、彼を気に入って付いてきた精霊が一匹、そして背後には彼のご両親が立っている。  確かじいやの息子さんは数年前の黒羽根の襲撃でと聞いているから、目の前にいる彼は容姿的にも、年齢的にも当時30歳だったお孫さんだろう。その手で、黒羽根を殺したくてたまらないはずだ。  でも、それをするのは彼ではない。少しだけ入れた牽制の言葉をしっかりと受け取ってくれたようで、少しだけ胸を撫で下ろした。   「じいや、色々ありがとう。これから水埜と合流して宝の場所決めてくる」 「かしこまりました」 「ん、じいやもあなたも無理はしちゃダメだからねぇ。じゃあ行ってきます」 「「行ってらっしゃいませ」」    じいやとお孫さん、そして息子さん両親のお見送りを受けながら、事務所を後にした。  小さな声で、じいやのありがとうございます、という言葉が聞こえてきたがそのままドアを閉じた。  *   *   *
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