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事務所から出て、植物が植えられたエリアを散策する。
八千代家がこだわっているこの動植物園では、年中様々な花々が咲き乱れている。春は大きな川を中心に桜が咲いているため、桜の絨毯が見られる。そこから先に行けば、色とりどりの薔薇が咲いている。広い高原を活かして、中心の白から赤やピンク、黄色、淡いオレンジ、緑、青、紫といった具合に広がっている。
少し季節がすぎて桜の花は散って青々とした葉をつけているが、薔薇はちょうど見頃に差し掛かっている。
まだ他の3年生は動物のエリアにいるのか、植物展示エリアには人がいない。楽しそうに動き回る精霊たちや、働き者の虫や鳥たちが飛び回っている。
最近滅多になかった静かな時間にワクワクしながら歩いていると、目の前に男性と女性が立っていることに気がついた。いや、立っているではなく、浮いている。
「こんにちは」
『こんにちは、お坊っちゃまが立派に育っておられるようで安心いたしました』
『こんにちは、いお……あぁいえ、今はお坊ちゃまとお呼びすべきですね。本当に、お元気そうで良かったです』
1組の男女の正体は、じいやの息子さんご夫婦。
60代で亡くなった2人は、亡くなった当時じいやの跡継ぎとして正式に八千代家の執事として働いていた。
『ずっと、ずっと坊っちゃまのことも心配しておりました。また、この目で、しかも成長されたお姿を拝見できて嬉しい限りでございます』
『坊っちゃま、まずは我が愚息にあのようなお言葉をかけていただきありがとうございます』
『そして、あの時、坊っちゃまのお兄さまをお護りすることができず誠に申し訳ございません』
唯織は生まれる前から、黒羽根や様々な勢力から命を狙われていた。
そして実兄が20歳になった年、実兄は黒羽根に暗殺された。偶然その日の実兄の執事として付いていたのが、じいやの息子さんご夫婦だった。執事であったため、簡単な護衛手段しか学んでいなかったご夫婦はプロの暗殺者に勝てるわけもなく亡くなった。
当時、唯織は初等部の卒業式が数日ズレていたことで暗殺者とすれ違うことはなく3人の遺体の第一発見者となった。何が起こったのか、全てが終わったあとに知った。
「……俺に頭を下げる必要なんてこれっぽっちもありません。息子さんがあのように考えるのは、あなた方を愛しているからで、おかしなことでも間違っているとも思いません。むしろ当然じゃないでしょうか」
『なんと貴方はお兄様に似てとてもお優しい……』
『お坊ちゃま、これからは度々あなた様のお世話をさせていただいてもよろしいでしょうか?』
「……俺にかまってていいの?」
『はい、あの子ももう大人ですし、父がついております』
『何やら最近坊っちゃまの周辺がきな臭いと』
『自由の効く私たちが坊っちゃまの近くにいたいのです』
「……いいよ、けど無理しちゃだめだからね?」
『もちろんでございます』
「……ありがとう、」
本当は、よろしくねって言いたいけど彼らを縛り付けることになるから言ってはいけない。気をつけないとな。
じいやの息子さんご夫婦は、今は大丈夫だよと言うとじいやの元に帰っていった。
基本的に、精霊もだけど特に幽霊が見えることは他の人には秘密だ。余計なトラブルが起きてしまうし、“幸せな時間”を壊すことにつながりかねない。既に生きているニンゲンの間で整えられた秩序を壊すような趣味は俺にはない。
そのままボーッと歩いて、水埜と合流する予定の白薔薇のエリアまできた。まだ水埜は到着してないようで、せっかくだからと久しぶりに思い出した実兄がよく歌っていた子守唄を口ずさむ。
兄さんが生きていた頃、後ろには生きている姿を一度も見た事のなかった実の両親が静かに佇んでいたことを覚えている。優しい兄に比べて冷たい目をした実の両親は、いつも唯織が兄さんの近くにいるとその目で見下ろして口を動かしていた。その声が出せるほど2人に力があったなら、何を言われていたんだろうか。
そして、兄さんは唯一俺が他の人には見えないものを見て、聞こえない声を聞いていることを知っていた。そのうえで、唯織を愛してくれていた。酷く優しくてお人好しだった。
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