第2章 崩落と柱

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 扉が開いて、視界が広がる。  上の階と同じように全面ガラス張りで作られ、ビュッフェ形式が取られている。早めに来たおかげで生徒はほとんど来ておらず、いつもは頭に響く歓声も微かに聞こえるだけに留まっていた。  如月たちもお皿を持って好きな料理を取り分けている中、唯織も皿を手に取った。手前の方にあったシーフードサラダとムニエルを皿に取り分けて奥の方の席に目を向ける。   「如月、奥の方の席取っておくね」 「えっ、あ、はい」    如月に声をかけて、ちょうど6人掛けの席に座る。  全員揃うのを待っていると、ムニエルの横にパンが1枚乗せられたお皿が置かれた。置いた手を辿ると、そこには蓮見が少しだけ不満そうな顔をして立っていた。   「蓮見?」 「イオリさぁ、ブッフェ形式だからって少量すぎるだろ」 「……そう?」 「そう。せめてパン一枚でもいいから食べて」 「……はい」 「不満そうな顔しない。結構動き回ってたんだから食べてね」 「分かった」 「じゃあな、なんか困ったことあったら呼んで」    蓮見は唯織の腰に防犯ブザーがちゃんと着いていることを確認して水埜がいる場所へ去っていった。そのあと直ぐに如月たちも揃って、食べ始めた。  生徒会の中で1番の大食いは杠葉。ブラックホールと呼ばれるくらいには沢山食べることが好き。でも、美味しそうに食べるから見てる側も幸せな気持ちになる。今も持ってきたローストビーフが美味しかったのか、穏やかな緑色の瞳は蕩け、パタパタとしっぽが振られているように見える。  2番目に沢山食べるのは獅子王。その大きな体格と色んな意味で無尽蔵(らしい)な体力の根源は食事量にあると思う。食事量を減らしてみたらパフォーマンス力も落ちるのか、気になるところではある。  小戸森双子と如月は大体同じくらい。小戸森たちは好きな物が肉系に偏っていて、如月はバランスよく食べているが、多分お肉より魚派。  唯織がムニエルとパンを食べ終わる頃には、みんなデザートまで食べ終わりかけていた。   「あの……唯織、お腹すいてなかったんですか?」 「うん?」 「もしかして、無理やりディナーに連れてきてしまったとか?」 「ん?そんなことないよぉ?ちゃんと食べてたの見てたでしょ〜?」 「え、ちゃんと食べた……?」 「す、くない」 「「え、ボクたちのデザートいる??」」 「まだその少食直ってなかったのか」    如月の一言がきっかけで、杠葉や小戸森たちが唯織のお皿の上に乗った料理の少なさに目を見張った。そのあと、それぞれがデザートを乗せようとしてくる。獅子王は呆れの色が濃い。  足されたデザートと各々の表情に、唯織は眉を下げた。   「大丈夫だよぉ。もう俺お腹入らないから」 「そうですか……無理にとはいいませんが、その量だともう少し食べて頂かないと心配になりますね」 「「だからイオリひょろひょろなんだー!」」 「充分動けてるからいいと思うんだけどなぁ」    でも、確かに蓮見にも二階堂にも水埜にも痩せすぎだって言われたことがあるな。でも、これ以上は胃が受け付けないことを、俺はよく知っていた。  大人しく下がってくれた小戸森たちにホッとしていると、杠葉が眉を寄せて獅子王に顔を近づけていた。パーソナルスペースが狭すぎる2人の急接近に、周囲が色めき立つのがわかる。   「かつ、と。知ってた……?」 「知ってるも何も、こいつが帰ってきてから直ぐに受けた健康診断の結果で聞かされたからな」 「だ、れに?」 「養護教諭に」 「……いお、何も、されてな、い?」 「されてないよ〜」 「そ、っか。良かった……」    群青学園高等部の養護教諭と言えば節操のないことで大変有名だ。それは普段穏やかな杠葉の声色に嫌悪感が現れるほどに。本来生徒の安寧を守るために使用されるはずの白い部屋は、汚い白で上書きされている……というのが噂の内容。  本来は腹立たしいくらいに全く違うが、ここで否定しても何もいいことは無いため、杠葉とその横で心配そうにしている如月を安心させるように微笑んでおく。  唯織が大丈夫と言ったからか、それとも普段唯織が問題なく動いていることを知っているからか、それ以降少食について聞かれることはなかった。  元気な双子の話を聞きながら、色とりどりのデザートが美麗な幼なじみたちの胃の中に吸い込まれていくのを見届けてレストランを後にした。    
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