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1 ひよっ子、英雄になる
歓声が、空気を揺らした。
空は青々と晴れ、その声は天高くまで昇る。
堅牢な壁に囲まれた王都に、騎士団が帰還したのだ。
王都の住民は彼らの帰還を喜び、口々に労いと祝いの言葉を投げかける。
「レックス様! ご無事のご帰還、何よりです!」
「ハリア様もお喜びですよ!」
「これでまた、この王都の平和が守られた! ありがとうございます!」
「アンセル様素敵……!」
――ここは鳥や蛇、猫など、動物が擬人化した世界。そしてこの地域は鳥が住むハリア王国だ。様々な種の鳥が集まるこの国は、常に野盗の脅威に晒されていた。
「グリーンパイソンの野郎どもはしつこかったけど、今回その頭の首を文字通り掻っ切った英雄がいるんだろ!?」
「ああ! 何でも、一人で五人の蛇を相手にしたって噂だ!」
鳥を狙う野盗はいくつかあり、今回は蛇の集まりで構成された野盗を討伐した。蛇という特性からか奴らはしつこく、ねちっこいやり方で長年国民を苦しめていたのだ。そんな蛇たちを、しかもその頭を仕留めたとあって、住民は興奮したように騒ぐ。
「一体その英雄様は、どんなお姿なんでしょう!? きっと凛々しくて、背が高くて、……レックス様みたいな!?」
「いいえ! いつも慈悲深い笑みをたたえながらも、戦闘の時は美しく舞うように戦うアンセル様みたいな方でしょう!」
帰還パレードをうっとりした目で眺める婦人は、まさに目の前をその英雄が通ったとは気付かず、理想の英雄像を妄想し続けている。
今回の英雄――ヤンバルクイナのヤンは、騎士団の一般団員に紛れて、荷馬車に乗っていた。その顔は幼く、暗褐色の髪は細毛で、汚れてはいるがサラサラだ。赤い大きな目は真っ直ぐ前を向いているが、今にも泣き出してしまいそうなほど潤んでいる。痩せたのか、元々なのか、細い腕に華奢な身体つきをしているヤンは、荷台の端を掴んで震える手を抑えようと必死だった。――とても英雄とは思えない頼りなさだ。
そう、ヤンは英雄ではない。つい二、三週間前まで戦闘とは無縁の生活をしていた、まったくの一般市民である。しかしせっかくここまできたのだ、とヤンは精一杯堂々と振舞おうと荷馬車の上で立ち上がった。
すると荷馬車の横に馬――この馬はヒトの姿ではない――が来て、ヤンの手首を取り上げた。見ると優しげな笑みを浮かべた男が、よく通る声で語りかける。
「皆さん、この方こそが、蛇を討ち取った英雄、ヤンですよ!」
ヤンの腕を掴んだのは、柔和な焦げ茶の瞳に、草原のように鮮やかな緑色の髪をした男だ。長い髪を馬に乗りながら颯爽となびかせ、民衆に呼びかける。――先程婦人が噂をしていた、真雁のアンセルだ。
「ヤン様! このかわいらしいお方が、蛇五人をひとりで!?」
「……っ」
「そうですとも! 私が駆けつけた時にはヤンが蛇を殲滅したあとでした!」
「なんと! ありがとうございますヤン様!」
わあ! と民衆が沸く。周りの興奮状態に足が竦んだけれど、ここで情けない姿をみせれば、ヤンがここまで来た意味がなくなる。
ヤンは住民からの羨望の眼差しを受け止めるように、顔を上げた。小さくても堂々とした立ち振る舞いに、住民は次々とヤンに賛辞を投げかける。
この、帰還パレードが終われば……。ヤンは緊張で震える足を何とか誤魔化し、民衆に微笑みかけた。
早く終われ。早く落ち着くところに行きたい。ヤンはそう願って止まなかった。
◇◇
「いやはや、ご苦労だった」
城内の訓練場に集まったヤンたちは、ハリア王に労いの言葉をかけられる。その姿は王に相応しく、堂々と威厳に満ちた立ち振る舞いで、騎士たちは羨望の眼差しを向けていた。
ハリアの白い髪は絹糸のようで、滑らかな肌も陶磁器のように美しい。しかし金の瞳は鋭く、その瞳に捉えられた者は、彼の美しさと妖艶さに射すくめられてしまうだろう。王たる風格と色気を漂わせているハリアは、鳥の王に相応しいハクトウワシである。
「それで? 今回、大活躍したという騎士は誰かな?」
「はい、こちらに」
「……っ!」
ハリアのひと声に、人陰に隠れるように立っていたヤンは、アンセルに前へと突き出された。初めてヤンを見る騎士たちはざわめくが、ハリアは視線だけでそれを止める。
「名は?」
「や、ヤンです……っ」
ハリアの強い真っ直ぐな視線に射すくめられ、ヤンは足が震えて止まらなかった。それもそうだ、ハクトウワシといえば空の王者と言われる程の強い種、本来ビビリなヤンバルクイナのヤンにしてみれば、逆らえばひとたまりもない相手。本能的に足が竦んでも仕方がない。
「ヤン、君は誰に仕えている?」
「あ、あの……っ」
騎士団員はそれぞれ仕えている貴族がいるか、または貴族出身であることが殆どだ。聞かれたヤンはその辺りの事情も話そうと思って口を開く。
「ぼ、僕はっ、そんな大層な身分ではなく……っ」
「なるほど、志願者だったのか」
「え、……は、はいっ!」
ヤンの言葉を勝手に解釈したハリアがニコリと笑うと、それだけでヤンは嘘でも本当のことのように話してしまう。王に逆らうなんて言語道断だし、美しくても目の鋭さは本物だ。ハリアはいざとなったら容赦がない性格であることは、辺境の地出身のヤンだって知っている。だからここは、黙って流されておくことにしよう。
「ふむ……」
口元に手を当て、何かを考えたハリアは、ヤンの姿をじっと見つめた。強い視線にヤンは堂々としなきゃ、と負けじと視線を返すが、手足が震えてしまう。抑えようと思えば思うほど、それがさらに緊張となって震えてしまうのだ。
「……レックス」
「はっ」
ヤンから視線を外さずに、ハリアはレックスを呼んだ。ハリアの近くに来たレックスは、ハリアに負けず劣らずの迫力を持った男だった。
まず驚くのが身長。ハリアも背が高い方だが、レックスの身長はもっと高かった。背が低いヤンと比べると、ヤンの頭がレックスの胸辺りにくるほどの身長差だ。グレーの短い髪に眼光が鋭い金の目をしていて、紺の騎士服の上からでも分かるほど、ガッチリした身体をしている。
ヤンはそんな大男を目の前にして、今すぐどこかに隠れたくなった。けれどここで逃げたら、文字通り決死の覚悟も水の泡だと、どうにか逃げずにレックスを見上げる。
「……うん。やはり英雄にはそれなりの褒美をやらないとな」
そんなヤンを見たハリアはそう言ってニヤリと笑った。その視線はなぜかレックスに向けられる。
「ヤン、お前は今日からレックスの従騎士だ。レックスの身の回りの世話を頼む」
「へっ!?」
ハリアの視線に気を取られて、思ってもみなかった展開にヤンは思わず声を上げると、アンセルがニコニコしながら肩を叩いてくる。
「よかったねぇヤン、破格の扱いだ。いきなり騎士団長の従騎士になれるのはすごいことだよ」
慌てるヤンをよそに、周りがざわめいた。貴族にも仕えていない騎士志願者が、守りの要である騎士団長の従騎士になることは、アンセルの言う通り、飛ぶ鳥を落とす勢いの大躍進だ。
「あ、……ありがとうございますっ!」
良かった、これでしばらくは安泰だ。ヤンは緊張していた全身から、力が抜けるのを感じた。これでさらに活躍できれば、とヤンは空を仰ぐ。
「では、各々このあとは休むといい。……アンセル、レックスの手伝いをしてやれ」
ハリアの言葉に、ニコニコ笑顔を崩さないまま返事をしたアンセル。ヤンはハリアが踵を返してその場を去ったのを確認したら、急に意識が遠のいた。
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