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24 ひよっ子、遠征する
その三日後。討伐隊が組まれ、ヤンたちはベンガル猫のナイルが現れたという場所へ向かった。
なんでも奴がそこに現れた時、単身で騎士団の宿舎に侵入したというのだから、怖いもの知らずというか、無謀というか、である。
けれどこれで自分を追ってきた、というヤンの予想は半分程当たってしまった、と思う。村にいた時のヤンへの執着ぶりは、かなり強かったからだ。
もう半分は、ナイルは自分の居場所をまだ知らないのでは、という予想。なんせ蛇に何日も追われたおかげで、町や村にはほとんど寄らなかったからだ。目撃情報や噂がなければ、ナイルも探しようがない。
そんな事情があるのに、ハリアはヤンを討伐隊の一員にした。レックスやアンセルも一緒なので不安はないけれど、狙われているのにどうして、と思わなくもない。
「ナイルとやらの顔を、俺たちはあまり知らないからねぇ」
そう言ったのはアンセルだ。それに、かなりの距離があるにも関わらず、ナイルの気配を察知したヤンの能力も役に立つだろう、とハリアとレックスは口を揃えて言ったのだ。
ヤンは隣を歩くレックスを見上げる。
あれから、レックスはいつも通りの態度だ。まるでなかったことのように振る舞われ、ヤンは肩を落とす。謝ろうと思っていたけれど、何だか蒸し返すのは躊躇われて、ズルズルときてしまっていた。
「ねー、そのナイルとやらは夜行性なんでしょ? 昼間見回っても意味ないんじゃない?」
「夜は夜で監視はしている。警戒はした方がいいだろう」
めんどくさい、と嘆くアンセルは欠伸を噛み殺している。
「ヤン」
「は、はいっ」
レックスに突然名前を呼ばれ、ヤンは声をひっくり返した。しかし彼は前を見たまま、こちらを見ない。
「ナイルとは、どんな奴だ?」
そう聞かれて、本当は、もう少し楽しい世間話でもしたいのに、と思う。でも今は任務中、仕事に集中しないと、とヤンは正直に答える。
「明るい茶髪で、見た目から活発で好奇心旺盛な性格が見て取れます。一見人懐こいかと思えば怒りだしたり……暴れたら手がつけられません」
実際、ヤンが手に入れられないと分かった時に逆上して、『家族』を手にかけてしまうほどの激しい気性の持ち主だ。その時を思い出してしまって肌がザワつき、拳を握るとレックスに肩を叩かれた。
「……俺たちもいる」
心強い言葉にレックスを見上げると、彼は一つお辞儀をした。そして再び歩き出した彼を、アンセルはニヤニヤしながら見ている。
「これはますます本気になったかな?」
ひな鳥ちゃん、愛されてるねぇ、と小声で言われ、意味がわからなくてヤンは首を傾げた。本気とは? 愛されてる、とはどういうことだろう、と。
「え? あんなに態度に出てるのに気付いてないの?」
今度はアンセルが首を傾げた。ヤンは今までのレックスの態度を振り返る。ヤンが命令に背いて怒られたり、すぐ絡まれて怒られたり……それで自覚がないと言われて、執務室にいる時は監視という名目で膝の上に乗せられたり。心配されているのは自覚があったけれど、それは自分が何もできないせいだと思っていた。
「え〜? だって今も『愛してる』って言ってたじゃない」
「ええっ!?」
思ってもみないアンセルの発言に、ヤンは思わず大声を上げてしまった。案の定前を行くレックスに睨まれ、両手で口を塞ぐ。
レックスが自分に『愛してる』と言っていた? そんな言葉、彼から聞いたことは一度もない。自分が聞き逃したのかと思っていると、アンセルは少し慌てたようだ、また小声で教えてくれる。
「あれ? もしかして本当に知らない? レックスはハシビロコウでしょ? お辞儀は求愛行動だって」
「きゅ……っ?」
あまりの驚きように、喉の奥で潰れた声が出る。それから、顔が爆発するのではと思うほど熱くなった。
そんなまさか。
ヤンは今までレックスがお辞儀をする場面を、幾度となく見てきた。それはもう病気を疑うほど頻繁に。癖だと言われて納得していたけれど、それがまさか求愛行動だったとは。
そういえば、出逢った頃は何だか悔しそうにお辞儀をしていた。彼としては不本意そうだったのが、最近は何だか堂々としているような気がする。そう気付いたのは、ヤンが最近レックスに怯えなくなってきたからだ。怖い顔で睨まれる頻度が、いつの間にか減っている。
「俺や妹が作ったものをプレゼントしてるし、いつひな鳥ちゃんが陥落するのかなって……ひな鳥ちゃん?」
ちゃんと愛されていた、とヤンは思った。情がなかった訳じゃなく、やっぱり自分に真摯に向き合ってくれていたのだと思うと、鼻がツンとする。
「あらあら……。ひな鳥ちゃん、レックスはね、恋愛不器用さんなんだ」
涙ぐんだヤンに、アンセルは肩を寄せてさらに声を潜める。
「そういう反応するってことは、ひな鳥ちゃんも満更じゃないんでしょ?」
元々番いにくいハシビロコウなんだ、彼なりに一生懸命ひな鳥ちゃんの気を引こうとしてるよ、と言われて、ヤンは堪らず涙を零した。やっと、心の中の欠けた部分を見つけた気がして、はい、と力強く返事をする。
そして自覚したのだ。自分を見て欲しい、情を持って触れて欲しいと思ったのは、レックスが好きだからだと。
いつの間にか自分の特別になっていたレックス。自分の身分からは到底手が届かないと思っていた彼が、実はずっと自分に求愛行動をしていた。恥ずかしいけど、心の中は満たされて温かい。そしてやっぱり、自分は鈍かったんだと呆れる。
すると、ぐい、と強く腕を引かれた。見るとレックスが強い視線でアンセルを睨んでいる。
「……何をしている」
「レックスが不器用だって、教えてあげてたんだよ」
「……」
アンセルが両手を挙げてヤンから離れた。するとレックスは静かな目でヤンを見下ろしてくる。途端に心臓が踊り出したヤンは、いえあのその、と狼狽えるしかない。どうしよう、また変な態度になってしまった。
「城に帰ったら話がある」
「は、はい……っ」
それを聞いたアンセルはずっとニヤニヤしていたが、話の内容がいいこととは限らない。けれど、ヤンは少し期待してしまった。ナイルをやっつけて、無事に帰って彼の話が聞けたら、自分の想いも告げてみよう、とヤンは決意した。
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