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29 ひよっ子、昇格する
それから、ヤンたちは無事に城につく。
しかし、レックスは相変わらず多くを語らず、それどころか心なしか避けられているように感じ、ヤンは肩を落とした。
そんな雰囲気を察したのか、アンセルは道中、明るく話し続け、どうしてあんなに来るのが早かったのかを説明してくれた。
「レックスは真っ直ぐひな鳥ちゃんを追いかけて、俺らはナイルの住処に目星をつけてて、近道を行ったわけ」
ヤンはなるほど、と思いかけたけれど、荷馬車はあの崖を迂回する以外、方法はないよな、と思い直す。それに、ナイルの住処も目星をつけてたとは、どういうことだろう?
「俺らは渡り鳥だし、親戚はそこら中にいるからね」
つまり、あちこち旅をする中で得た土地勘と、身内の情報網が役に立ったということだ。実はアンセルが、ハリア王国騎士団の頭脳だということを、ヤンはこの話で初めて知った。失礼ながら、騎士団副団長は名ばかりではないのだな、と。
それに比べ、自分は本当に何もできやしない。
今になって、ナイルへの復讐が本当に『家族』の為になったのかと考えてしまい、そもそもやはり城にいなくてもいいのでは、と思い始める。
ヤンたちが城に帰り着くと同時に、ヤンの手柄は瞬く間に広がった。蛇だけじゃなく猫も倒したとあって、かわいらしいだけじゃない素晴らしいヤンバルクイナだと叫ばれて、喜ばしいことなのに引きつった笑いしかできない。
「さすがだね、私が見込んだだけのことはある」
「……恐縮です」
帰還して早々、ヤンたちは謁見の間に呼ばれた。ヤンは怪我をしているので、ある程度回復してからとレックスはゴネたが、ハリアが「レックスが抱いて来ればいいだろう」と笑ってヤンを狼狽させる。
(それで、本当に抱っこされたまま謁見しちゃってるけど……)
どうしよう、気分も上がらないのにさらに落ち着かない。しかも周りの目を気にしているのは自分だけに見える、とヤンは辺りを見渡す。正式な場とあって大勢いるけれど、誰もヤンがレックスにお姫様抱っこをされていることに、異を唱えない。アンセルに至っては、目が合うとニコリと微笑まれた。……とても気まずい。
「優秀な従騎士には、それなりの報酬をやらねばな」
「えっ? あ、ありがとう、ございます……」
何とかハリアにお辞儀をしたいけれど、抱き上げられたままではやりにくい。不敬だと言われやしないか、と思っていると、ハリアは綺麗な笑みを浮かべる。
「皆よく聞け。私はヤンを正式な騎士として迎え入れる。階級は団長補佐だ。叙任式はヤンの怪我が治り次第、日取りを決める」
ハリアのよく通る声が、謁見の間に響いた。ヤンは「嘘でしょ……」と呟くが、レックスは忠実に王の命令を聞いているのか、無言でヤンを抱いているだけだ。
「あ、あのっ。それって……」
城を出ようと考えていたのに、こんなことをされては決心が揺らぐ。――まだ、変わらずレックスのそばにいられる、なんて思ってしまう。
けれど、そんな階級があったなんて知らなかった。
「私が今創った階級だ。その方が都合がいいだろう」
「え……」
「今までは騎士見習いとしてレックスに仕えてもらったが、今後はレックスと共に騎士団を管理して欲しい」
話はおしまいだ、下がれ、と言われて、ヤン――もといレックスは回れ右をして謁見の間を出ていく。
(え? ……え? どういうこと?)
「よかったねひな鳥ちゃん、大出世だよ」
ヤンが混乱していると、アンセルがにこやかに付いてきていた。レックスはやはり無言で、ヤンを抱きかかえたまま歩くだけだ。
「で、でも僕……」
「今まで通り、レックスに仕えていいって、ハリア様のお墨付きがもらえたんだ、さすがじゃないか」
アンセルは上機嫌に言う。レックスが話さないから、気を遣ってくれているのだろう。
ヤンは考える。今まで通りということは、またレックスのお世話をするということ。騎士になるのに、従者のままの仕事でいいのだろうか。
そこでハッとして、ヤンは自分を降ろすように言う。けれどレックスは、聞いていない振りで抱き上げたまま廊下を進んでいくのだ。
「レックス様! ゆっくりなら歩けます! 主人に従者を抱きかかえて歩かせるなんて……!」
「ひな鳥ちゃん、怪我が治ってないでしょー?」
どうにか降りようと足をばたつかせると、レックスの腕に力が込められた。もうハリアの御前じゃないからいいのに、と抵抗するも、ヤンの力じゃ敵うはずがない。
膝の上に座らされるようになってから、この程度の接触は幾度もあったはず。けれど前は戸惑いの方が大きかったし、あれはヤンの監視という名目だ。先日勢いで告白してしまってから、落ち着かなくてソワソワしてしまう。
あまりにも心臓が大きく脈打つので、レックスにバレやしないかと心配している。もちろん、こんな風になるのは初めてで、客に同じことをされたら、相手の顔をじっと見上げるくらいのことはできていた。なのに、今は服越しに肌が当たっているだけでも、逃げたくなるほど心が騒ぎ出すのだ。
「……城に帰ったら話があると言った」
「だ、だからって、今さっき着いたばかりで……」
「後始末はアンセルに任せてある」
「はいはい、任されてますよー」
そんな、と言いながら、アンセル様ごめんなさい、とヤンは心の中で謝った。しばらくぶりにレックスと話をしたと内心喜んだものの、これは職権乱用なのでは、と抗議する。しかしアンセルはニコニコと微笑んでいるだけなので、多分、おそらく、十中八九、話を通してあるのだろう。そこまでして、レックスはヤンに何を話すつもりなのだろうか。不安と緊張で、やっぱり逃げ出したくなる。
(いや、僕もレックス様に想いを伝えたいと思ってたけど……!)
レックスに抱きかかえられているのもそうだが、すれ違う人々に今回の手柄を称えられる。臆病なヤンにとって、それはシュラフに潜り込みたくなるほど落ち着かない状況なのだ。
「あ、あの……、ナイルはどうなるんでしょうか……?」
後始末と聞いて思い出したヤンは、ナイルについて聞いてみる。
するとレックスはヤンを見下ろした。そこには何の感情もなく、彼はまた視線を前に戻す。
「ハリア様は処分する、と言っていたよ」
「……っ」
アンセルの言葉にまさか、とヤンが息を飲むと、レックスは目を伏せ、当然だ、と呟く。
「大勢の国民に手を掛けた上に、宿舎などへ攻撃、強奪していたからな。俺も処分した方がいいと進言した」
「……そうですか……」
何にせよ、ヤンはあの時文字通り、一矢報いることができた。肉体的にも精神的にも深手を負ったようだったナイルの、呆然とした顔を思い出すと、ヤンの溜飲が下がる。自分は甘いかもしれないけれど、元々戦闘を好まない自分にしては上出来だと思った。
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