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 思わずムキになって言い返したが、本当は会社の太田早苗の姿が浮かんでいた。社長秘書候補と噂される、今年三年目の会社一の美人の早苗とデートにこぎつけたものの、自分の仕事のミスのせいでキャンセルになり、その後強引に迫って嫌われた。 「お前しつこいぞ」 「昌之が工場時代に言ってたんでしょ。頑張って本社に異動になって彼女を作るって」 「それは昔の話」  と言って板倉は席を立った。 「親父さん、お勘定」  とカウンターの奥に声をかけてから、未亜に言った。 「転職活動で忙しくなるから、しばらくここに来れなくなると思う」  店主が顔を上げて何か言おうとしたが、未亜がそれを止めるような仕草をした。  翌日、板倉は社長室長の高崎源次に呼ばれた。本社ビルの中は、節電で照明を半分落としているから、オフィスも廊下も暗い。どこも人が減っていた。二月に神川第一工場の営業停止六か月という行政処分が下され、会社は窮境に陥っていた。営業をしようにも製品はなく、仕事をしようにも何もできず、社員たちは帰休になり給料カットされ、すでに四分の一近くの社員が辞めていた。  商品開発部の若手社員にすぎない板倉にとって、社長や役員に直属している高崎は雲の上の人だったが、二年前に発足した社内プロジェクト・ESプロジェクトのリーダーに板倉が抜擢された時、高崎がオブザーバーについた縁で少し話すようになった。  もう昔のことのようだ。ESとは、Employees Satisfaction 従業員満足のこと。従業員が生き生きと働ける、合理的で、各自の能力を発揮できる職場を作ろう、とスタートしたのだが……ほぼ終わりかけている会社のことを思えば、甘い夢でしかなかった。  今日は何だろう。今さらプロジェクトの再開でもないだろうに。
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