86人が本棚に入れています
本棚に追加
なんとか家にたどり着くと父さんがいた。ああ、今日はリモートワークの日だった。父さんは僕をみて眉間に皺を寄せた。
「とにかく先に風呂に入ってきなさい。詳しくは真菜に聞くから」僕は何か言いかけたけど、黙って風呂に入ることにした。たぶん母さんが帰ってくるまでになんとかしておけということだろう。服は砂っぽかった。尻餅をついた時に手をついたせいか手のひらには細かい傷があって少しだけ血が滲んでいた。きっと風呂に入ったら沁みるに違いない。向こう脛も青くなっていた。これはしばらくは残るに違いない。
僕が四苦八苦して風呂からあがるとちょうどインターフォンがなった。誰かやってきたということだ。
父さんが対応してその人は家の中に入って来た。僕は真菜を連れて部屋の外から様子を伺っていた。飯田と名乗ったその人はゴリ男にそっくりだった。きっとゴリ男の父さんなんだろう。こんなに早く告げ口するとは思ってなかった。だからこそみんながゴリ男に逆らえないんだろうなとぼんやり思った。
ゴリ男の父さんはPTA役員の偉い人らしく、なんだか自慢げに役職を言っていた。父さんはそれを聞いても態度は変えなかった。ただ淡々と挨拶していた。
「正直困るんですよ。ルールに例外を作るわけにはいかんのですわ。長谷川さんのお宅は越して来たばかりであまり気にならないでしょうが、ここでは昔からそうことになってましてね」
ゴリ男の父さんは嫌味ったらしくそう言った。
「特にこういうことは子どもの頃からきちんと躾けておかないと。長谷川さんの会社だってルールを守らない者がいたら困るでしょう? それと一緒ですわ」
ゴリ男の父さんはそれから長々と説教めいたことを話し出した。父さんはただ黙って聞いていた。ゴリ男の父さんの演説が終わると父さんはゴリ男の父さんの前に一枚の紙を差し出した。
「確かにルールを守らないのは褒められたことじゃありません。でも例外というのは必ずあるものです。もちろん例外はただのお気持ちであってはならない。だからちゃんとこうやって診断書と学校からの許可は得ています」
ゴリ男の父さんはその紙をみてわなわなと震え出した。
「こんなのおかしいじゃないかっ!」
「おかしくはないです。専門医からの診断書は学校に提出してますし許可も得てます。陸と真菜の担任の先生も知っています」
今度は僕が驚く番だった。担任が知ってただなんて! そんなこと誰からも聞いてない。
「そんなのおかしいっ! ルールが優先されるべきだろう!」
ゴリ男の父さんはそう怒鳴って立ち上がった。そして「明日学校に確認してやる!」と捨て台詞を残して大きな足音を立てて帰って行った。
父さんは疲れたように長いため息をついていた。
最初のコメントを投稿しよう!